2024.11.20 UP
戯曲翻訳家 小田島創志さん
~Interview with a Professional~
演劇界に現れた若手ホープとして、現代劇の翻訳を手がける小田島創志さん。「翻訳一家の3代目」という世評も正々堂々と受け止める。戯曲翻訳への思いは、祖父にも父にも負けない。
【公演情報】
小田島さんが翻訳を手がけた『白衛軍 The White Guard』(日本初演)が、今冬新国立劇場で上演予定!
公演日程:2024年12月3日(火)~22日(金)
公式Webサイト https://www.nntt.jac.go.jp/play/the-white-guard/
戯曲翻訳家は登場人物の代弁者
逃げずに原文に向き合い
一つひとつの台詞をつむぐ
英・米の現代劇を訳す
新進気鋭の若手
2022年11月18日、東京・紀伊國屋ホール。
この日は、ノーベル文学賞受賞作家ハロルド・ピンターの舞台『管理人/ THE CARETAKER』の公演初日。難解と評される鬼才の作品だけに、いつもの初日以上に心がざわついていた。観客はわかってくれるのか、舞台上でトラブルが起きたりはしないか̶̶。そんな不安をよそに舞台の幕は上がり、イッセー尾形ら3人の俳優による「人間」をめぐる不条理劇が、恐ろしくもユーモラスに展開していく。
「場内にちょっと硬い空気が漂いつつも、けっこう笑いが起きていました。相反する感情を持つ人間の滑稽さが伝わればと思っていたので、ホッとしましたね」
本作の台本は、小田島創志さんが翻訳した。1991年生まれという若さで、新国立劇場の演劇芸術監督でもある演出家・小川絵梨子さんと組むのは、早くもこれが三度目となる。演劇界期待の新星だ。
幼少期に刷り込まれた
「ホンヤクは楽しい」
祖父・雄志さんは、シェイクスピアや英国劇の翻訳で知られる英文学者。父・恒志さんもまた英文学者で翻訳も手がけており、母・則子さんとの共訳も多い。そんな翻訳一家に生まれた小田島さんは、翻訳が日常に溶け込んだ環境で育った。
「たとえば食事のとき、両親はよく翻訳の話をしていました。その様子が、子どもだった僕の目には楽しそうに映った。パソコンに向かって翻訳している姿も、やっぱり楽しそうに見えました。間違いなく『ホンヤクというのは楽しい』という刷り込みはあったと思います」
幼い頃から、観劇と読書に親しんだ。中学生時代、司馬遼太郎の時代小説によって初めて「読書が楽しい」と認識すると、その目はやがて英文学に。オースティン、ブロンテ姉妹、ディケンズらを経て、高校3年生のときに不条理演劇の大家、ピンターにたどりつき、あまりのわからなさに衝撃を受ける。そのわからなさを解き明かしたいと、大学の英文科に進んだ。
演劇サークルの活動や観劇をしつつ、シェイクスピアを学び、大学院へ。修士課程ではピンター研究に勤しんだが、わからなさを解明するには至らず、失意のうちに博士課程に進む。「あれほど楽しかった文学研究が、完全に行き詰まっていた」という。
そんなある日、面識のある演劇関係者から戯曲の下訳(粗訳)を頼まれる。下訳とは、作品選びの資料として台本を翻訳すること。裏方の仕事だが、これが小田島さんの目を開かせた。
「研究で原書を読む場合、自分の論を支えるところを中心に読み込みます。もちろん、全体を〝理解した〞うえでの話ですが、実際には〝わかったつもり〞でしかなかったのかなと。キャラクターや場面によっては、十分に目配りできていなかった部分もあったからです。でも下訳をやってみて、翻訳ではそれが許されないと気づきました。すべての人物に目配りし、一人ひとりについて『わかった』という確信を持てないと、日本語にできないんです。だとするなら、原書を読んで考えているだけではわからなかったことが、翻訳していくことで少しは見えてくるんじゃないか。そう気づいた瞬間、ようやく光が見えた気がしました」
それからは自ら訳をやらせてほしいと頼み、研究と並行して戯曲の下訳をいくつも手がけた。そして2018年、チャンスがめぐってくる。
※『通訳者・翻訳者になる本2024』より転載 取材/金田修宏 撮影/合田昌史
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東京都出身。戯曲翻訳家、演劇研究者。お茶の水女子大学、東京芸術大学ほかで非常勤講師を務める。専門はハロルド・ピンターやトム・ストッパードを中心とした現代イギリス演劇。翻訳戯曲に、クレスマン・テイラー作/フランク・ダンロップ脚色『受取人不明 ADDRESS UNKNOWN』(2018年9月 赤坂RED/THEATER)、ラジヴ・ジョセフ『タージマハルの衛兵』(2019年12月 新国立劇場)、レイチェル・デ=レヘイ『ウエストブリッジ』(2021年2月 せんがわ劇場)、ジョー・ペンホール『BIRTHDAY』(2021年9月 新宿シアタートップス)、アニー・ベイカー『アンチポデス』(2022年4月 新国立劇場)など。