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2024.07.22 UP

【プロに聞く金融翻訳の魅力】金融翻訳は日本語訳が無いような新しい概念や知識に触れられる

【プロに聞く金融翻訳の魅力】金融翻訳は日本語訳が無いような新しい概念や知識に触れられる
※『通訳翻訳ジャーナル』SUMMER 2024より転載

20年以上にわたり金融関連の英日翻訳を手がけてきたフリーランス翻訳者の吉田博昭さん。海外の金融アナリストによる市場に関する最新レポートの翻訳を日々行う吉田さんに仕事を始めたきっかけ、金融翻訳の魅力、これからめざす方に向けたアドバイスを伺った。

銀行勤務で得た基礎知識を生かし金融分野の翻訳で活躍

フリーランス翻訳者の吉田博昭さんは、20年以上にわたり金融関連の英日翻訳を手がけてきた、同分野のエキスパートだ。
 
大学卒業後は大手都市銀行に4年間勤め、支店業務のほか、デリバティブ商品の営業にも携わった。銀行を退職後、もともと好きだった語学と、銀行で得た金融関係の知識を生かせる道として実務翻訳に挑戦したいと考えた。

「銀行勤めは合わなくて辞めてしまったのですが、仕事の中で証券やデリバティブ商品などに触れられたことは良かったです。市場の仕組みがわかり、金融翻訳をする上での基礎的な知識がついたと思います」
 
翻訳者をめざすと決めると、英語力を底上げするため、米国カリフォルニア大学バークレー校の生涯学習コースに1年間留学。帰国後は日本のテレビ局での海外ニュースに関する資料翻訳の求人を見つけ、まずはそこから翻訳の仕事をスタートした。
 
1年ほど契約社員としてほぼフルタイムでニュース資料の翻訳をしつつ、並行して実務翻訳の通信講座も受講。その頃に受検したJTFほんやく検定で2級を取得して、機関誌にプロフィールが載ったことをきっかけに、翻訳会社から登録のオファーを受けた。登録会社ができたこともあり、2000年にフリーランス翻訳者として独立した。

「金融のバックグラウンドがあったため、独立してすぐの頃から金融分野の文書の依頼を受けていました。トライアルを受けて登録先を増やし、徐々に安定した仕事量を受注できるようになりました」
 
さらに、産業翻訳者のプロフィールを掲載するWebサイト経由で、ソースクライアントとの直接契約も獲得。現在は、外資系金融機関の日本法人を中心とした数社と直取引をしており、翻訳会社経由の仕事よりも、直取引の割合の方が多くなっている。

翻訳している主な金融関連文書の種類

・ 金融機関発行の各種レポート(マクロ経済、株式個別銘柄、セクターレポート、債券、新興国、コモディティ関連など)
・ 投資家向け資料(アニュアルレポート、パンフレット、プレスリリースなど)
・ プレゼンテーション資料
・ 金融関連の雑誌・広報誌記事…など(すべて英日翻訳)

日本の投資家向けに金融機関による最新レポートを翻訳

金融分野にはさまざまな種類の文書があるが、現在吉田さんがメインで手がけているのは、金融機関が発行する、海外のアナリストやエコノミストが書いた英文レポートの和訳だ。

「外資系金融機関の米国本社などに所属するアナリストが英語で書いたレポートを、主に日本の機関投資家に向けて翻訳するというものです。レポートには、株式の個別銘柄に関するもの、特定のセクター(業種)に関するもの、債券・クレジット市場に関するもの、特定の国や地域の政治・経済状況に関するものなどがあります」
 
レポートは情報の速さが重要となるため、納期は即日が多いという。1つのレポートは、短いもので700ワード程度、長いものだとA4用紙5~6枚程度のボリュームになる。読むのは主に日本の機関投資家のため、専門性の高い英文を理解し、日本語で執筆するスキルが求められる。

「原文を正確に読み取る英語力と、その内容を理解するための金融の背景知識を持っていることが大切です。専門用語を理解するだけでなく、業界ならではの表現や、各種レポートに特有の作法のようなものもあるので、この分野に興味がある方は、金融機関が発行するレポートを英語と日本語でいろいろと読んでみると良いと思います。訳文の用途に応じた用語や表現を用いることができると、プロとしての信頼につながります」

普段翻訳をしている自宅のデスクの様子。右側のノートPCに外付けモニタとキーボードを接続して使用。長年愛用している電子辞書は手の届くところに常備する。

日本語訳が無いような新しい概念や知識に触れられる

金融機関のレポートは年間を通して発行されるが、企業が決算を発表する四半期ごとのシーズンは発行数が増え、特に忙しくなる。以前は夜遅くまで翻訳をすることもあったが、近年は体調も考えて仕事の時間を1日8~9時間程度に抑え、繁忙期もワークライフバランスをとりながら働くようにしている。
 
レポートでは、他の媒体にはまだ出ていない経済の最新情報を扱う。日本語の定訳がない新しい言葉や概念に遭遇することも多く、訳語を探すのに苦労はするが、うまく伝わる訳を考えることにやりがいも感じている。求めている人に必要な情報を届ける形で社会貢献ができること、また、仕事を通して日々知識をアップデートできることが、金融翻訳の魅力だという。

「もともとは経済よりも文学などに興味があったので、銀行にいた頃は金融の仕事は向いていないと思っていたのですが(笑)、世界経済の最新動向に触れられるのはおもしろく、今は翻訳で扱う文書も楽しんで読んでいます。また、クライアントが質の高い翻訳を求めているためか、今のところAIや機械翻訳の影響によるレートの崩れはあまり感じません。その意味でも、金融はまだまだ実力のある翻訳者が活躍できる分野だと思います」

めざす人へのAdvice!

英語と日本語で
金融関係の文章を読み比べて
独特の表現を学びましょう

金融レポートの翻訳で重要なのは、原文の論旨を正確に理解する読解力、また、専門用語や文書に合った表現を正しく使える表現力です。読解力・表現力をつけるためには、金融関係の記事や本を日英両方でたくさん読むしかないと思います。私も駆け出しの頃は、日経新聞の英語版を自分で訳して、日本語版と比べたりして勉強しました。今はフィナンシャルタイムズやWSJなど、Webで英/日の読み比べができる経済紙が多数ありますので、それらを読むことから始めると良いでしょう。また、証券外務員のテキストは、金融分野の基礎知識がまんべんなく押さえられています。資格までは取らなくても、一種と二種、両方のテキストを使って勉強するとためになると思います。

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吉田博昭さん
吉田博昭さんYOSHIDA HIROAKI

大学卒業後、大手都市銀行に入行。各種支店業務、デリバティブ商品営業等に携わる。1997年に同行を退職。1年間米国に留学したのち、帰国後は派遣社員としてテレビ局で海外ニュース関連資料の翻訳に従事。2000年よりフリーランス翻訳者となり、現在は外資系金融機関の案件を中心に金融・ビジネス分野の英日翻訳を行う。英検1級、2級FP技能士、証券外務員一種保持。