いたばし国際絵本翻訳大賞<br>受賞者インタビュー
※『通訳翻訳ジャーナル』2025 WINTERより転載。

通訳・翻訳の初仕事を得る方法はさまざまあるが、未経験者でもデビューの可能性が開けるのが「コンテスト」だ。特に、志望者が多く狭き門である出版翻訳においては、コンテストやオーディションからデビューを叶えた人も多い。コンテストがきっかけでデビューしたり、仕事が増えたりといった経験をした通訳者・翻訳者のリアルな声を紹介する。

翻訳者
翻訳者吉澤珠紀さん

よしざわ・たまき/大学卒業後、英会話スクールでこどもをメインに英語を教える。一度退職し、児童英語教育を学ぶためイギリスの大学院に留学。帰国し、再度英語講師として働く。その後、都内の大手教育出版社で英語教材の企画編集に7年携わる。現在は地方の実家に戻り、英会話スクールの英語講師として勤務。

●受賞したコンテストと結果
いたばし国際絵本翻訳大賞
第30回 英語部門 最優秀翻訳大賞
●主な翻訳の分野
出版翻訳(絵本、文芸、ノンフィクション)
●翻訳者歴
約1年(インタビュー時)

子どもたちの反応を想像しながら絵本を翻訳

幼い頃から本に親しみ、英語も好きだったという吉澤珠紀さん。大学では英語を専攻し、アメリカ現代詩のゼミに所属。卒業後は英語講師や英語教材の編集者として英語に関わる仕事を続け、現在も英語講師として子どもから大人まで教えている。20代後半には、児童英語教育を体系的に学ぶためにイギリスの大学院へ留学した経験もある。

「翻訳にも興味を持っていたのですが、洋書ばかり読んでいたので日本語の語彙力や表現力に自信が持てませんでした。勉強する時間もなかったため、縁がないとあきらめていました。しかし、入院と手術を経験し、言い訳をやめて興味があることに挑戦しようと思うようになりました。休養中には、集めていた絵本を読みふけったのですが、あらためて絵本が好きだと気づきました」

もっと絵本とつながりたいと思う気持ちから、回復後に絵本の読み聞かせボランティアを始めた。またフェロー・アカデミーで文芸翻訳の入門講座を受講した。

「いくつかのジャンルの課題があったのですが、どれを翻訳するのも本当に楽しかったです。特に、課題のひとつが児童文学だったときは、眠る時間がもったいないと思うほど楽しくて夢中になっていました」

続けて「YA」「ノンフィクション」の講座を修了し、翻訳実務検定「TQE」(文芸)に受検して合格した。

勉強を続けつつ、持ち込みの準備も

翻訳の勉強をはじめる前から「いたばし国際絵本翻訳大賞」の存在を知っていた吉澤さんは、英語部門の課題作に挑戦することにした。絵本の翻訳をしている時には、英会話スクールで教えてきた子どもたちの顔が浮かんできたという。

「コンテストの作品を翻訳する際に心がけたのは、作者とイラストレータの思いをしっかり読み取り、受け止め、理解することです。それを読み手の心に伝わるように言葉を選びました。子どもたちはどんな反応をするだろうと想像しながら翻訳しました。また、課題絵本の『If I Had a Little Dream』は詩のような形で書かれているので、原書のリズムを守ることを意識しました。韻は原文通りにはいきませんが、詩らしさを出せるよう音に気を配りました」

応募の結果、吉澤さんの作品が最優秀翻訳大賞を受賞した。このコンテストでは受賞者が課題絵本の翻訳を担当できるため、受賞後さらに推敲を重ねた『ちいさなゆめがあったなら』が、2024年8月に吉澤さんの訳書として出版された。現在も翻訳の勉強を続けている。

「初の訳書を出版していただいてから、まだ次は決まっていません。しかし、よいと思う絵本や作品があるので、持ち込みの準備をしています。この先どうなるかはまだわかりませんが、翻訳をやろうと決めてよかったです。世界が一気に広がりました。最近50歳になったのですが、まだ広がりつつある気がしていてうれしいです。よい作品を訳すことが、どこかにいる読者のために少しでも役に立つと思うと、これからも頑張れます」

『ちいさなゆめがあったなら』
吉澤さんの初の訳書
『ちいさなゆめがあったなら』
ニーナ・レイデン 文/メリッサ・カストリヨン 絵/工学図書

コンテストへの応募を考えている人へ📣

課題絵本の翻訳時は、自分なりにひたすら文章と誠実に向き合っていたと思います。言葉を探す過程はときに難しいですが、その中に楽しさもあります。難しさに直面し、考え抜いた経験から得たものは大きかったと思います。結果はどうあれ、コンテストは勉強の機会だと信じて臨むとよいのではないでしょうか。

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