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2025.04.21 UP

翻訳家 白石 朗さんインタビュー
~スティーヴン・キング作家デビュー50周年に寄せて~

翻訳家 白石 朗さんインタビュー<br>~スティーヴン・キング作家デビュー50周年に寄せて~
※『通訳翻訳ジャーナル』2024年AUTUMN掲載の内容を一部再編集しています(インタビューは2024年7月実施)。

2024年に作家デビュー50周年を迎えた、エンタメ小説の巨匠スティーヴン・キング。
それを記念して行われた、5作品連続翻訳刊行の最後を飾る大作『フェアリー・テイル』(文藝春秋)が2025年4月に発売となる。
長年にわたりキング作品の翻訳を手がけ、多くのベストセラーを日本の読者に届けてきた白石朗さんに、その魅力と、エンターテインメント小説の翻訳にかける思いを聞いた。

スティーヴン・キング 作家生活50周年を飾る大作!
『フェアリー・テイル』(上・下)
(文芸春秋/2025年4月25日発売)
出版社Webサイト Amazon

『フェアリー・テイル』(上・下)

[訳者・白石朗さんが語る]
アメリカの田舎町に暮らす一人の高校生が、少し不気味な屋敷で一人暮らしをしている老人とひょんなことから知り合います。その老人とは次第に親しくなりますが、屋敷の裏にある小屋の中に異世界への扉があって、少年はやがてその〈もう一つの世界〉で善と悪の戦いに巻き込まれていく……というファンタジーとして定番の物語です。
ですが、そこはキングですから、ありきたりにはなりません。なかなか陰惨な展開があったり、老人と老人が飼っているメスの老犬との絆や、老人と高校生の信頼関係が描かれたりと、キングらしい味付けが存分になされています。

スティーヴン・キングの長編19作の翻訳を手がける

いろんな偶然が重なってキングがやってきた

2024年は「モダンホラーの帝王」と称されるスティーヴン・キングの作家デビュー50周年にあたる。そんな節目の年に狙いを定め、文藝春秋が「作家デビュー50周年記念」と銘打ち、全5作品を連続刊行するプロジェクトを始動させた

これまでに、超能力をもつ少年少女が活躍する『異能機関』(2023年6月発売)、殺し屋が主人公のクライムサスペンス『ビリー・サマーズ』(2024年4月発売)、青春ホラーの『死者は嘘をつかない』(2024年6月発売)、日本独自編さんの中編集『コロラド・キッド 他2篇』(2024年9月発売)を刊行。そして連続刊行の最後を飾るダークファンタジー大作『フェアリー・テイル』が2025年4月25日に発売となる。
そのうち、『死者は嘘をつかない』(土屋晃訳)と『コロラド・キッド』所収の中編「浮かびゆく男」(高山真由美訳)を除くすべての翻訳を手がけているのが白石朗さんだ。

「目下(※2024年7月時点)、第5弾の『フェアリーテイル』を鋭意翻訳中です。『ビリー・サマーズ』は約1700枚(1枚=400字)でしたが、こちらは2000枚を超えるでしょうね」

その『フェアリー・テイル』を含め、白石さんがこれまでに手がけたキング作品は長編だけで19作にものぼる。SF文庫の編集者を経て翻訳家となり、1990年代前半には、『法律事務所』や『ペリカン文書』などジョン・グリシャムのベストセラーを次々に訳出。そうした流れのなか、96年に自身初のキング作品、『ローズ・マダー』(新潮社)の翻訳を手がけた。

「当時、すでにキングは海外ベストセラー作家の代名詞的存在。僕自身、原書でも翻訳でも読んでいて、作品を読むたびに、その良さを編集者や翻訳者仲間に伝えていました。おもしろいものは人に勧めずにはいられない性格なので(笑)。そんな僕のもとに、いろんな偶然が重なって『ローズ・マダー』が回ってきたわけですから、とても幸運だったと思います」

物語を構築する力に改めて舌を巻く

白石さんがキングの存在を知ったのは1978年、大学1年生のときだ。所属していた読書サークルで先輩たちが「すごい作家がいる」と色めき立っているのを見て、刊行されたばかりの『シャイニング』(深町眞理子訳、パシフィカ ※のちに新装版が文春文庫より刊行を入手。あまりの面白さに徹夜で読み切り、一晩でキングの虜になった。

「中高時代に海外SF小説にのめり込んだのですが、一方で『ホテル』や『大空港』といったアーサー・ヘイリーの小説にも夢中になりました。ひとつの場所で複数のキャラクターたちのドラマが並行して描かれる〈グランドホテル形式〉の物語が好きだったからですが、僕から見るとキングはその延長線上にいました。そういう意味で、僕にとってのキングは、ホラー作家というよりエンタメ作家なんですね」

その「エンタメ性」を、作品を翻訳するようになってからより強く感じるようになった。97年に上梓した『グリーン・マイル』(新潮文庫 ※のちに小学館文庫より刊行以降、文章から「読者を飽きさせまいとする強い意思」が明確に伝わってくるようになり、2011年刊の『アンダー・ザ・ドーム』(文藝春秋)には、意外な展開の連続で物語がスピーディに進んでいくテレビドラマ『24』の影響を感じたという。

「そういうスタイルで書くようになったことが、ここ何年かの作品で実を結んでいる感じがします。『異能機関』は特に、ガンガン引っ張っていくタイプの小説です」

そもそもキングはストーリーテラーとしても名高い。2013年に刊行された『11/22/63』(文藝春秋)を訳出した際には、その「物語を構築する力」に改めて舌を巻いた。この作品は〈ケネディ大統領暗殺阻止〉を軸にしたタイムスリップもので、「〈現在〉と〈1958年9月9日〉をつなぐタイムトンネル」という仕掛けを土台に物語が構築されている。

「そこに『過去でどれだけ過ごそうと現在に帰ってきたときには2分しか経過していない』『ふたたび過去に行けば、前回のタイムトラベルで生じた変化はすべてリセットされる』というルールが加わるのですが、たったこれだけの設定で、あんなにも長大な物語を創造してしまうのが本当にすごい。しかも伏線をたくさん散りばめておいてきっちり回収するのですから、本当に天才的なストーリーテラーだと思います」

『異能機関』(上・下)
(文芸春秋/2023年6月26日発売)
出版社Webサイト Amazon

『異能機関』(上・下)

[訳者・白石朗さんが語る]
超能力をもった少年少女を主人公とした物語で、子どもたちが力を合わせて何かを成し遂げるという、キングらしい作品です。また「人と違う能力を持っていても、必ずしも幸せにはつながらない」という、キングが繰り返し書いているテーマの話でもあります。アメリカのスモールタウンを舞台に、共同体の「善意」を描いている点もキングらしい。
そういう意味で「王道回帰」と呼べる作品であり、少年少女の活躍に声援を送っているうちにどんどん読めてしまう直球のエンタテインメントなので、初めてキングを読む人にもおすすめです!

※ 『通訳翻訳ジャーナル』2024年AUTUMN掲載の内容を一部再編集。取材/金田修宏

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白石 朗さん
白石 朗さんRou Shiraishi

1959年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。英米文学翻訳家。主な訳書に、スティーヴン・キング『ビリー・サマーズ』『異能機関』『アウトサイダー』『任務の終わり』『11/ 22/ 63 』『ファインダーズ・キーパーズ』『ミスター・メルセデス』『ドクター・スリープ』『悪霊の島』『アンダー・ザ・ドーム』(文藝春秋)、ジョー・ヒル『ファイアマン』(小学館)、ジョン・グリシャム『ペリカン文書』『冤罪法廷』(新潮社)、バリー・ランセット『トーキョー・キル』(ホーム社)など。