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2024.03.18 UP

第15回 イタリア マルケ州
飯田亮介さん(生活編)

第15回 イタリア マルケ州<br>飯田亮介さん(生活編)
※『通訳翻訳ジャーナル』2024年春号より転載

海外在住の通訳者・翻訳者の方々が、リレー形式で最新の海外事情をリポート! 
海外生活をはじめたきっかけや、現地でのお仕事のこと、生活のこと、おすすめのスポットなどについてお話をうかがいます。

飯田亮介さん
飯田亮介さんRyosuke Iida

イタリア文学翻訳者。1974年生まれ、神奈川県出身。中部イタリア・マルケ州モントットーネ村在住。訳書にジョルダーノ『素数たちの孤独』『コロナの時代の僕ら』、フェッランテ『リラとわたし』(ナポリの物語シリーズ)(以上、早川書房)、マルターニ『老いた殺し屋の祈り』(河出書房新社)など。伊和の実務翻訳も手がける。
HP:https://www.iidaryosuke.com

イタリア中部に位置する
レンガ造りの小村に暮らす

僕が住んでいるのはイタリア中部マルケ州の小村、モントットーネ村です。左向きのロングブーツの形をしたイタリア半島の西側(ティレニア海沿岸)中央にローマが位置するとしたら、そのほぼ真逆の東側(アドリア海沿岸)にあるのがマルケ州で、モントットーネはマルケ州南部の内陸にあります。
 
過疎化の進む人口900名弱の村で、周りには標高300m前後の丘陵が連なり、どの丘にもパッチワークのように麦、ひまわり、ブドウ、オリーブなどが植わっています。東に車で30分走るとアドリア海、内陸に向かって西へ40分走ると2000m峰の山々、シビッリーニ山地にぶつかる、そんな場所です。

村の中心部(Centro Storico 歴史的中心地区)は今も中世の町の雰囲気が残り、せまい路地だらけのレンガ作りの要塞のようです。かつては人口も今よりずっと多く、特産品の陶器作りなどで栄えましたが、今も続く陶芸の工房は一軒のみ。夏休みだけバカンス客で少し人口が増えます。初夏の夜は庭先まで蛍が飛んできますし、キャットフードを食べに野生のキツネやハリネズミ、ヤマアラシまで庭にやって来ます。

移住当初から、1930年代に建てられた妻の実家に住んでいるのですが、この家の歴史を重ねた雰囲気にも魅力を覚えました。数年前に93歳でこの世を去った義父は家具職人でした。家の一階部分と、現在は僕の仕事場となっている半地下の部屋が元々は義父の工房で、僕がやってきた当時は義父もまだ木くずにまみれて日々、元気に働いていました。立派な木工機械を複数備えた本格的な工房で、村人はもちろん、義父の腕前の良さを人づてに聞いた遠くの町の人々まで、客達はさまざまな壊れた家具を持ち込み、修理の相談にきました。時折、手を貸すたび「いい仕事だな」と思いましたが、本格的な弟子入りは結局しませんでした。

モントットーネ村の目抜き通りの様子。

冬のシビッリーニ山地にて。コロナ前は山々や星の写真を撮りによく訪れた。

健康に働くための
毎朝のルーティーン

翻訳という仕事は家にこもりがちです。家族以外、誰とも出会わない一日、というのは心の健康によろしくないようですので、僕は毎朝の「擬似出勤」を自分に課しています。というと大げさですが、要するに朝食は家を出て、徒歩数分の場所にあるいきつけのバールで食べることにしている、それだけの話です。そうすれば最低でもバリスタとは言葉をかわしますし、世間のうわさ話もなんとなく耳に入ってきます。たとえば天災のあとであれば、どこの橋は不通だとか、あの道は土砂崩れだ、といった大切なライフライン情報も入手できます。

ちなみに最近の僕の朝食はカプチーノとパスタの小で1・90ユーロ、というセットばかりです。朝からパスタ?と思われる読者もいるかもしれませんが、イタリア語のパスタ(pasta)はスパゲティやマカロニばかりではなく、クロワッサンやシュークリームといった菓子パンを指す言葉でもあります。イタリアにお越しの際は、ぜひ街のバールで、ガラスケースにずらりと並ぶ多種多様なパスタを吟味してみてください。

イタリアで外国人が
快適に暮らすコツとは

僕自身、あまりできておらず、だからこそ言えることなのですが、もしもあなたがイタリアで暮らすことになり、少しでも親しくなったイタリア人(あるいはイタリア語話者)ができたら、ぜひその人をファーストネームで呼んでみてください。

まだタメ口で話すほど打ち解けあった相手でなくてもいいのです。なじみの店の店員程度の関係でも。たとえば朝に挨拶をする時、それがマリオさんであれば、「ブオンジョルノ、マリオ」と名前を続けるだけで、おお、名前を覚えていてくれたんだね、と相手のあなたに対する親近感が高まります。そこから始まる相手とのちょっとした関係性が、この国でひとりの外国人が暮らしていく上では非常に大切になると思います。

逆に言えば、そうしたささいな人付き合いが嫌で仕方なく、できれば一日中誰とも口をきかずに暮らしたい、というような方はイタリアに住むのはやめたほうがいいかもしれません。そこが都会であろうが、赤の他人であろうが、人のことをなかなか放っておいてくれない国ですから。以前、ローマのことを「巨大な田舎」と評した知人がいましたが、いい意味でも悪い意味でもまったくその通りで、大都会のはずの首都からして極めて人間くさい国なのです。

昔の僕には何かと「日本では〜」「日本人は〜」とイタリアと日本との差異をイタリア人の前で強調するような言い回しをする癖がありました。あるとき、こちらの大切な友人に「俺は日本はどう、なんて話に関心はない。それよりお前自身はどうなんだ?」と言われました。以来、そうした切り口を用いるのは意識的に避け、日本の国旗を勝手に背負うのをやめました。おかげで何かと気楽になった覚えがあります。これも海外で長く暮らす秘訣のひとつかもしれません。

最後にひとつ日本でも便利な生活の知恵を。冷えたピザをおいしく温め直すコツです。テフロン加工のフライパンにピザを載せて、油は引かず、弱~中火で温めるだけです。香ばしい香りが漂いだし、表面のチーズが少し溶けるか、泡立ってきたら召し上がれ!

おいしくピザを温め直す、本場イタリアの知恵。

村の特産品である、テラコッタの水がめ。

<地元のオススメスポット>

イタリア半島は中央を脊梁山脈であるアペニン山脈が南北に縦断しています。我が家から車で1時間ほどの距離にあるシビッリーニ山地国立公園(Parco Nazionale dei Monti Sibillini)もその一部で、マルケ州最高峰のヴェットーレ山(M. Vettore、2476m)をはじめ、2000m級の山々がつならなる穏やかな山域です。コロナ以前は四季を通じてよく歩き、山中に泊まって星と山の写真なども撮っていましたが、最近は足がやや遠のいています。普通のツアー旅行で訪れる機会はまずないと思いますが、羊肉やチーズを使った地元料理もおいしい素敵なエリアです。


シッビリーニ山地で撮影した夕焼けと星空。四季を通じて、雄大な景色を見ながら山歩きが楽しめる。