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2024.03.06 UP

第14回 イタリア マルケ州
飯田亮介さん(仕事編)

第14回 イタリア マルケ州<br>飯田亮介さん(仕事編)
※『通訳翻訳ジャーナル』2024年冬号より転載

海外在住の通訳者・翻訳者の方々が、リレー形式で最新の海外事情をリポート! 
海外生活をはじめたきっかけや、現地でのお仕事のこと、生活のこと、おすすめのスポットなどについてお話をうかがいます。

飯田亮介さん
飯田亮介さんRyosuke Iida

イタリア文学翻訳者。1974年生まれ、神奈川県出身。中部イタリア・マルケ州モントットーネ村在住。訳書にジョルダーノ『素数たちの孤独』『コロナの時代の僕ら』、フェッランテ『リラとわたし』(ナポリの物語シリーズ)(以上、早川書房)、マルターニ『老いた殺し屋の祈り』(河出書房新社)など。伊日の産業翻訳も手がける。
HP:https://www.iidaryosuke.com

結婚のためイタリアに渡り
翻訳者の道へ

僕がイタリアで出版翻訳者になったのは、さかのぼれば子どもの頃から本の虫であったことなど多くの遠因があってのことだと思いますが、なんといっても2001年の9・11テロ直後に、最初の訳書となるティツィアーノ・テルツァーニの『反戦の手紙』(*)と出会ったことがきっかけでした。
(*)Lettere contro la guerra, Longanesi社, 2002年(『反戦の手紙』WAVE出版, 2004年)

その頃にはもう僕はイタリアに暮らしていました。日本の大学を卒業後に語学留学をした中国でイタリア人女性と出会い、後に妻となる彼女のあとを追うようにして渡伊。イタリア語を学び、結婚のために正式に仕事もできるビザ(正確には滞在許可証)を獲得すべく、情報集めと職探しに悪戦苦闘中でした。そこで、とりあえずイタリア語を使ってできる仕事はないか、ということで伊→日の産業翻訳にチャレンジしたのです。翻訳学校には行っていませんが、翻訳の方法論や日本語ライティングについて多くの本を読み、仕事をしながら実地で翻訳のノウハウを学びました。

そして9・11テロが起きます。米国を筆頭に日本を含む「国際社会」は対テロ戦争へと一気に走りだしましたが、この流れは危ういと戸惑いを感じる人も多かったと思います。そんな中、テルツァーニというジャーナリストは「敵の道理を理解してみようともせず、その人間性を否定し、悪魔とみなす姿勢。それこそがあらゆる戦争を非人道的にしている原因だ」と、いったん立ち止まることの大切さを2002年前半に出版した『反戦の手紙』で主張します。僕も彼の著作を何冊か読んでいてファンでしたので、『反戦の手紙』に感動し、彼にメールを書いて「日本でもあなたの本を紹介したい」と伝えました。そのときは出版社に本を紹介するだけのつもりで、まさか自分が訳者になれるとは思ってもいませんでした。

すると驚いたことにテルツァーニから返事があり、君がぜひ訳してみてくれ、と励まされたのです。雲の上の存在のように思っていた人からの言葉に奮起し、なんとか訳文を仕上げたのが同年9月頃。自分のHPで作品を紹介したり、ネット経由で日本の出版社に持ち込んだりしてもなかなか良い返事がもらえませんでしたが、縁あってWAVE出版社の社長(当時)がぜひ出したいと申し出てくれ、2004年1月にようやく出版することができました。

その後は営業用のWebサイトを作るなど、産業翻訳に本腰を入れて活動を続けていましたが、出版翻訳を扱う翻訳会社リベルにネット経由で声をかけられ、同社を通して書籍もコンスタントに翻訳するようになりました。

中国留学中に知り合った妻と、イタリアで結婚式を挙げた。妻との出会いが、イタリアに移住するきっかけとなった。

現在住んでいるマルケ州モントットーネ村は、イタリア中部の人口約900人の小さな村。これは2020年にネオワイズ彗星が接近したときの村の夜景。

出版と産業の両輪で活躍
仕事場は義父の元工房

現在の仕事の割合はまちまちですが、出版はだいたい年に2冊ほどを訳すペースです。産業翻訳は分野を問わぬなんでも屋ですが、医療など、極端に専門性の高い案件はお断りしています。いずれにしろ、書籍の仕事を抱えている時期も、収入を得るため産業翻訳は途切れず続けるようにしています。

仕事場は自宅の半地下を簡単にリフォームした部屋です。元々は家具職人だった今は亡き義父と、馬車の車輪職人だったその父(妻の祖父)の工房でした。夏は涼しいのですが、冬は寒いので薪ストーブを置いています。物理的な能率アップの追求は好きなので、自分にとって使いやすいマシン(Mac)やガジェットを揃え、打鍵数を減らせるAZIKという少し特殊な拡張ローマ字入力を使用したりして、仕事の効率化を進めています。

イタリアで働く際に注意が必要なのは、日本より税制がややこしいこと。僕のような規模が大きくないフリーランスでも、基本的に所得の申告は税理士まかせです。あと、僕の場合は日本の翻訳会社との取引が中心のため、昨今の円安はこちらで生活する上で非常に厳しいです。先日も50万円を日本の口座からこちらの口座に送ったのですが、3年前であれば4000ユーロ近くになったのに、今回はたった3150ユーロでした。日本にとって僕は税法上の非居住者ですが、国民年金も投資のつもりで払い続けていますので、日本経済には頑張ってほしいところです。

自宅の半地下をリフォームした仕事部屋。趣味でよく弾くギターも机の近くに置いている。

翻訳者の立場からみる
イタリアの読書事情

出版翻訳者として、イタリアに住んでいて寂しさを感じるのが、町に出ても本を読むイタリア人の姿を見かけることがほぼなく、本が好きだという人に出会うこともめったにないことです。僕が現在、田舎に暮らしていることもありますが、近隣の小・中・高校には図書室が無く、公立図書館は利用者が少ないせいか、行ってみても書架の大半が閉架式だったりして活気がありません。「読書よりおしゃべり」という文化のためかもしれませんが、仕事を聞かれたときに本の翻訳をしていると答え、これまで訳してきたフェッランテやジョルダーノといったの作家名を挙げても、まず誰も知りません。
 
暗いニュースばかりでもなんですので、最後に希望のある話を。わが家の娘たちが通う村の小・中学校では、国語の時間に読書をからめた授業がありますし、教室には小さな本棚もあるようです。さらにコロナ下のステイホームで本を読む人がイタリアでも増えたようで、若者向けのSNSで本を紹介するインフルエンサーが人気となり、全国紙の読書特集などに彼らのインタビューがよく掲載されています。上の娘もSNSから人気が出たYAラブロマンスの本を同級生と貸し借りしあって、夢中です。デジタルネイティブ世代ですが、自分の好きな本を大切な友だちとシェアしあうという、クラシカルな行為自体が楽しいというのもあるでしょう。いつか娘世代のネットワークから僕が訳したくなるような隠れた名作が飛び出さぬものか、そんな夢を見ています。

縁あって初めて翻訳した書籍『反戦の手紙』の原書と訳書。

<ある1日のスケジュール>

7:30 起床、下の娘を小学校まで送る。
8:00 いきつけのバールで朝食。メール・SNSチェックなど。
9:00 翻訳作業(午前は産業翻訳が多い)。
12:30 食材の買い出し、料理&昼食、休憩。
15:00 翻訳作業。
*理想は、1日の翻訳作業は長くても6時間程度。
18:00 夏は下の娘と公園へ。冬はジョギングなどに出かける。
19:00 バールでアペリティフ、夕食。
21:00 自由時間。
*子どもの夏休み中は村の広場に出かける。大人は呑み、子どもはジェラートを食べたり、遊んだり。
25:00 就寝