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2024年10月24日(木)、25日(金)の2日間にわたり、石川県金沢市で「第33回JTF翻訳祭2024」が開催されました。参加した翻訳者の朱宮令奈さんに、会場の様子を紹介していただきました!
第33回JTF翻訳祭2024の様子をレポート!
JTF翻訳祭は日本翻訳連盟(JTF)が主催するイベントで、年に一度、翻訳や通訳にかかわる企業や個人を対象として日本国内で開催されます。33回目となる今年は、2024年10月24~25日の2日間、初めて石川県金沢市で開催されました。
私は愛知から、名古屋~敦賀間は特急列車の「しらさぎ」で、そして敦賀~金沢間は北陸新幹線「つるぎ」に乗って会場に向かいました。敦賀~金沢の区間は今年開業したばかりなので、駅はぴかぴか。クリーム色、金色、青色でシックにまとめられた「つるぎ」、かっこよくて痺れます。
金沢駅から会場まではタクシーで10分ほど。1日目、最初のセッションは午後3時からとスタートがゆっくりだったので、駅前のおしゃれなカフェ(金沢駅周辺、どこも洗練されています!)で腹ごしらえしてから会場に向かいました。
初日・10月24日の様子
10月24日は基調講演とスポンサーセミナーの一部、その後、交流パーティーが行われました。
基調講演は金沢にゆかりのある、芥川賞受賞作家の九段理江さんのお話。九段さんの芥川賞受賞作『東京都同情塔』の販売&サイン会も講演に合わせて行われ、長蛇の列ができていました。
基調講演のあとは、翻訳祭会場向かいの「金沢ニューグランドホテル」で交流パーティーが催されました。パーティーのチケットは売り切れと伺っていましたが、確かに大盛況。美味しい料理が並ぶ、というのはいつもの翻訳祭と同じですが、今回他と違っていたのはお酒の種類。会場には石川の地酒がいろいろ並んでいました。「フルーティーで飲みやすい」と参加者の間でも話題でした(下戸の自分を恨みました)。
2日目・10月25日の様子
講演は2日目に集中しており、基調講演や一部のスポンサーセッション以外はすべてこの日に行われました。今回は開催地が金沢ということで、北陸や金沢にまつわるセッションもいくつか見られます。
スポンサーセッションを除き、この日に開催されたのは全部で9セッション。正直、どのセッションも魅力的でしたが、私は金沢にゆかりのあるセッションや、新しい試みのセッションなどを選んで参加しました。
■「MTPE時代に、訳し、働き、食うための実務的アイデア」
この日1セッション目は出版・実務翻訳者である井口耕二さんのセッション「MTPE時代に、訳し、働き、食うための実務的アイデア」へ。機械翻訳をポストエディットする仕事(MTPE)が今後普及するであろう中で、MTPEという仕事を受けずに翻訳者として生き延びるには、というお話をいただきました。
翻訳力を磨くことが大切、というお話の中で個人的に心に残ったのは、「の」の連続使用を避ける話。「の」の3連続以上は避けるべき、というのは業界でもよく言われていることですが、井口さんは2連続もできれば避けたい、なぜなら「の」には10~20通りほどの意味があり、「の」を2連続で使うと100~400通りの意味が発生することになるから、と仰っていました。「の」の連続使用に関して、これまで理屈で考えたことはなかった朱宮にとって、この話は目から鱗で、まさに「実務的アイデア」をいただいた講演でした。
■「通訳・翻訳の地域戦略~金沢から考える」
午後は2セッション目「通訳・翻訳の地域戦略~金沢から考える」に参加しました。
今回、開催地が金沢ということで、金沢や北陸にまつわるセッションがいくつかあったのですが、これはその一つです。金沢在住の翻訳者である梶井夏実さんと、金沢で翻訳・通訳エージェントなどを営む高柳俊也さんのお話が、通訳者の関根マイクさんによる軽快なファシリテートのもと進められました。
梶井さんは、特に日英翻訳で行きつけのカフェなど、地元企業から直接、案件を請け負っていらっしゃるとのこと。地元企業から仕事を請けることで「お金に見えないものが蓄積していくように思う」と仰っていました。元々バックパッカーだった高柳さんは、金沢という地でcan(できること)、want(やりたいこと)、need(求められること)が重なる部分を仕事にしてきたとのことで、その結果、通訳・翻訳エージェントだけでなく、旅行業や宿泊業も営んでいらっしゃいました。地元企業と関わるヒントをいろいろいただけたセッションでした。
■「会場参加者限定!求む名訳 英日翻訳コンテスト」
この日最後のセッションでは、放送通訳者である柴原智幸さんの「会場参加者限定!求む名訳 英日翻訳コンテスト」へ。翻訳コンテストは、翻訳祭初の試みとのこと。事前に短い英日翻訳の課題が出題されており、その課題に対して、柴原さんの解説や優秀作品の発表が行われました。
会場参加者の9割方はコンテスト参加者。だからこそ、質疑応答の時間には訳文に関して具体的な質問が続きました。皆さんで一つの課題に対して訳をじっくり考える機会というのは、翻訳学校などでないとなかなか得られませんが、翻訳祭にこうした機会が設けられているのはよいですね(自分自身が課題を出さなかったことが、非常に悔やまれました)。
柴原さんのスタンスは「煮込み料理を生煮えのままお出ししない」(=自分がわからないものをそのままお客様に押し付けない)、「換骨奪胎を恐れない」(=わかりやすく伝えるため自分の言葉で表現することを恐れない)。翻訳業界では「原文と同じ『絵』を訳文でも描く」ことが正しい翻訳のあり方だとよく言われますが、柴原さんのスタンスはこれに通ずるもので、翻訳も通訳も、良い訳とは結局同じようなものに行き着くのだろうな、としみじみ感じました。
今回、開催地が金沢ということで、SNSでは翻訳祭の内容だけでなく、あそこを観光した、あれを食べた、という話が素敵な写真とともに多数つぶやかれており、皆さん楽しまれていたことがよく伺い知れました。講演内容と開催地の両方において、参加者の満足度が高い会となったのではないでしょうか。
英日のフリーランス翻訳者/校閲者/QA担当者/ラングエッジキャプテン。IT分野とホテル分野のマーケティング文章が専門。翻訳業以外では、ライティング案件の執筆や編集、校閲も日々請け負っている。 文学部英文学科を卒業後、予備校講師(英語・社会)、カナダ留学(通訳翻訳専門学校に通学)を経て、20代で翻訳者に。通訳翻訳ジャーナルweb版のコラム連載「メールに素早く返信するコツ」(2023年改訂、全10回)を執筆。フェローアカデミーの翻訳通信講座「マスターコース『IT・マーケティング』」2022年度講師。JTF翻訳祭やJATのセミナー、Human Powered、やさしい翻訳塾など、これまで数々の場で登壇。翻訳実務士(IT)。