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通訳業界に関わって30年以上で、現在は一般社団法人 通訳品質評議会 理事 を務める藤井ゆき子さんが通訳者のキャリア形成について解説します。
AI(人工知能)と今後の通訳
以前の「通訳翻訳ジャーナル」でも取り上げられましたが、「AI時代に生き残る翻訳者・通訳者」というテーマがありました。巷でも、将来はAIに取って代わられる仕事がたくさんあり、失業する労働者が続出するのではないかという議論が出ています。私もいろいろな機会にクライアントや通訳者の方々から、今後AIの開発によっていわゆる「自動通訳」技術が確立した場合、通訳の仕事はどうなっていくと思うか?とよく聞かれました。
実際に開発に携わっている研究者の方々とお話しする機会や自分自身で自然言語処理のプログラミングを勉強してみてわかったことは、日本語と他言語間の通訳者が完全に不要になるところまで到達するのは難しく、かなり時間がかかるということでした。
現在の「自動通訳」というのは、自動音声翻訳とも言われているように、発話された言葉を音声認識ソフトでテキストに直す→そのテキストを機械翻訳→さらに音声に戻す、という形です。
上記における機械翻訳のレベルは、AIのディープラーニングの仕組みを利用したニューラル機械翻訳エンジンの登場で、かなり自然な文章に進化していると言われています。
では、どこが障害になっているかと私なりに考えてみました。
音声認識は話し方に左右される
まず発話された言葉をテキストにする部分。
音声認識技術は確実に進化しています。しかしながら皆さんもスマートホンやスマートスピーカーに話かけてみて、しゃべり方や声の大きさに左右されて認識されないもしくは誤認識される単語があると気づいていると思います。また日本語の固有名詞等の同音異義語のミスが多いこと、さらに音声認識は句読点やカンマ、ピリオドなどを認識するのが苦手です。そのため次のステップの機械翻訳で文節が修飾する箇所を間違える事が多々あります。
話し言葉は話し手の表情や
声の調子にも情報が
次にテキストになった後が問題です。
翻訳は書き言葉を前提としていますので、基本的には文章として完成した形を他言語に変換していく技術です。しかしながら、会話は話し言葉であるため、文体も異なり文章としてみたときに日本語の場合は主語を初め省略部分も多く、何を指しているかわかりにくい代名詞が多いことに気がつきます。
そもそも会話におけるメッセージ情報のなかで、テキストでまかなえる情報量は少ないと言われています。いわゆる非言語情報である話し手の表情や声の調子、それ以外のボディランゲージに多くの情報が含まれており、それを汲み取ることがとても大切であると言われています。
さらに言語はそれぞれの固有の文化を背景にしていますので、単語ごとに完全に一対一で一致する他言語がある訳ではありません。辞書にも一つの単語に複数の意味がある場合やそもそも1単語では説明できない単語もあります。文化的差分を埋めたり、適切な訳語選択の作業が翻訳であり通訳でありますが、こと通訳の場合、それだけでなく、省略されている部分を埋めるためにテキスト以外の情報を汲み取って訳出しているわけです。
理論的には非言語情報はニューラル機械翻訳エンジンにセンサー技術を組み合わせて通訳ロボットのようなものを開発すれば不可能ではないのかもしれませんが、開発コストと通訳コストが見合うまでには、相当時間がかかるのではないでしょうか。
AIを活用した
「自動通訳」はまだ難しい
以上のことから、未来永劫的に安泰とは言えませんが、当面はAIを活用した「自動通訳」では難しい。人間ならではの通訳技術を磨くことが重要になってくると思います。
究極は言葉の置き換えではなく話し手のメッセージを理解して、聞き手にあわせて伝わるような通訳の技術を身につけることだと思います。
一言も漏らさずすべて訳すということは事前に完全原稿をもらいそのまま読み上げてもらわない限り、人間にとっても難しいことです。さらに言えばテキスト情報をすべて訳すとことと、発話者のメッセージを伝わるように訳すことはそれぞれ違うと思います。
当然、伝わらなければ意味がありません。状況に応じて省略された部分を補い、時に情報を整理しわかりやすく通訳するのは至難の技ですが、AIによる「自動通訳」との差別化にとって必要なスキルになるのではないでしょうか。
AIによって通訳スキルは向上できる
~事前準備の省力化など~
そうは言っても、「仕事をこなして行く中でそんな理想論を言われても無理です」という声もあるでしょう。実際には事前資料を取ることにエネルギーをとられ、さらに読み込んでいくだけでも大変な現状は知っています。
そこで今後AIと競争するというより、AIを活用していくことが重要なスキルとなるでしょう。たとえばスピーカーの過去の論文や発言をChatGPTで集約してもらう。また音声認識ソフトでスピーカーの過去の動画の字幕をダウンロードして読んでおく。正確性が100%では無いことを理解した上で使いこなして事前準備の生産性を上げることも検討の余地があると思います。
今後はAI含めたICT(情報通信技術)も駆使することで準備を省力化でき、そのぶん高い通訳スキルの向上に努める通訳者が活躍して行くのではないでしょうか。
次回は視点を少し変えて「コミュニティ通訳」のことを取り上げたいと思います。
慶應義塾大学卒業後、日本外国語専門学校(旧通訳ガイド養成所)に入職。広報室長を経て、1987 年(株)サイマル・インターナショナルに入社、通訳コーディネーターとして勤務後事業部長を経て2012年11 月に代表取締役就任。2017 年4 月末に退任後、業界30 年の経験を生かしフリーランスでコミニュケーションサービスのアドバイザーとして活動。2017 年10 月より一般社団法人通訳品質評議会(https://www.interpreter-qc.org)理事に就任。