通訳業界に関わって30年以上で、現在は一般社団法人 通訳品質評議会 理事 を務める藤井ゆき子さんが通訳者のキャリア形成について解説します。
経験が少ない人はインハウス通訳者としてスタートしよう
将来は会議通訳者になりたい、または今勉強中ですという方から「どうすれば早く会議通訳者になれますか」という相談をよく受けました。
ちなみにここでいう会議通訳者というのはいわゆる、いわゆるプロとしてフリーランスで案件ごとに仕事を受ける通訳者を指しています。
これは前回のコラムの③ 案件ごとに専門エージェントに手配される業務委託契約のフリーランス通訳者、のパターンです。
相談者が学生の方やまだ社会人経験が少ないかたにはインハウス通訳者としてスタートすることをすすめてきました。
その理由について説明します。
インハウスでビジネス知識を習得
現在、通訳者としての就業形態は前回のコラムで時代的背景にふれましたが、1980年代から1990年前半の頃は大学生で通訳専門のスクールに通い修了後に会議通訳者としてすぐにデビューする事も珍しくはない時代でした。
もちろん実力がものを言う世界ですから、通訳スキルが優れてさえいれば、会議通訳者にとって年齢は関係ありません。
しかし現在の通訳の仕事は、いわゆる国際会議場のブースに入って同時通訳を行う仕事よりも、ビジネス現場や社内会議での通訳の件数のほうが多くなっています。
その際には、社会人として身につけておく一般的な知識や常識が重要でものを言うことになります。
たとえばとある企業の社内会議の仕事を例にとってみましょう。
事前にその会社のことはいただいた資料やウエブサイトでそれなりに勉強して臨むことができます。
ただ、もし社会人の経験が無かったとしたら、現場での打ち合わせの仕方、その会社の受付から事業会社のご担当者へのご挨拶、また特にインハウスの通訳の方と組む場合の振る舞いの仕方まで不安はないでしょうか。
「また次回もお願いしたい」というリクエストをクライアントから得ることは、通訳者にとって仕事を増やす上で大事なことです。
次回のリクエストをいただく要件としては、通訳スキルも重要ですが、クライアントとのコミュニケーションがスムーズなこと、いわゆるヒューマンスキルも大きなポイントになります。
通訳スキルはともかく、立ち居振る舞いが気に入られずに「次回は別の通訳者の方で……」と言われては残念です。
通訳という仕事は専門職ではありますが、サービス業であることをしっかり認識すべきだと思います。
「立ち居振る舞い」という観点からみると、直接雇用のインハウス通訳者は基本的には事業会社の社員なので、ビジネスマナーや社内組織に関わる知識は身につけることができるでしょう。
インハウス通訳者でも、会社によっては通訳の業務頻度が低く、翻訳やそれ以外の業務と兼任することもあるかもしれません。
ただ、通訳以外の仕事もビジネス上の知識と経験を得られる大きなチャンスだと思って取り組んでみることをおすすめします。
つまり、将来的にフリーランス通訳者になりたいとしたら「急がば回れ」でインハウス通訳としての社会人経験が財産になるということです。
インハウスは慣れに注意
ただし気をつけなくてはいけないことがいくつかあります。
インハウス通訳は就業先が固定されているので、仕事をするうちにその会社のサービスや商品知識、通訳業務での社内用語ボキャブラリーが蓄積されます。
そうなると、通訳の際に完全な資料がなくても、また通常の一人で可能な時間を超えても通訳ができてしまうという状況が生じます。
また、参加者が毎回同じで継続会議であればあるほど、慣れもあり、正確さを欠いたり、外国人役員のためだけの通訳では、日本語→英語への通訳のみなど、片方向の頻度が多くなり、スキルのバランスを欠いてしまうという傾向も出てきてしまいます。
こうした点は将来のキャリアチェンジを考えるならば留意すべき点だと思います。
スキルの停滞やバランスが崩れることにおついて懸念がある場合は、民間のスクールなどの利用をして通訳スキルを定期的にブラッシュアップしておくことをおすすめします。
直接雇用でなくても、派遣で事業会社のインハウス通訳者として経験を積むという選択肢もありまますが、その点は次回に説明したいと思います。
慶應義塾大学卒業後、日本外国語専門学校(旧通訳ガイド養成所)に入職。広報室長を経て、1987 年(株)サイマル・インターナショナルに入社、通訳コーディネーターとして勤務後事業部長を経て2012年11 月に代表取締役就任。2017 年4 月末に退任後、業界30 年の経験を生かしフリーランスでコミニュケーションサービスのアドバイザーとして活動。2017 年10 月より一般社団法人通訳品質評議会(https://www.interpreter-qc.org)理事に就任。