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2024.05.21 UP

いま、なぜ金融・IR分野の通訳・翻訳需要が増えているのか? 仕事の内容と知っておきたい業界の動向を解説!

いま、なぜ金融・IR分野の通訳・翻訳需要が増えているのか? 仕事の内容と知っておきたい業界の動向を解説!
※本記事は『通訳翻訳ジャーナル』2024 SUMMERに掲載の内容を一部再編集・再掲載しております。

いま、通訳・翻訳の需要が増えていて人材が足りないとよく話題に上るのが「金融&IR」の分野。外国人の持ち株比率の高い上場企業を中心に決算短信やIR資料の英文開示が進んでおり、IR関連のミーティングやカンファレンスに通訳が入るケースも増えていることなどがその背景にある。
そこで、金融&IR分野の通訳・翻訳の仕事の概要と、金融分野における近年の環境の変化、特に上場企業の英文開示についての状況を紹介しよう。

金融・IR分野の翻訳の仕事とは

「金融翻訳」の特徴

金融翻訳は、株式市場、外国為替市場、債券市場、商品市場などの動向に関するレポートやファンドの目論見書など、マーケット情報や金融商品に関連する文書の翻訳である。

金融翻訳では、銀行・証券会社・保険会社・資産運用会社(アセットマネジメント会社)などがクライアントとなる。投資家向けレポートなどは証券会社、資産運用会社(アセットマネジメント会社)などから依頼されることになる。レポート類は英訳もあるが、外資系金融機関から依頼さされる英文和訳のほうが多い

「IR翻訳(ディスクロージャー翻訳、開示情報の翻訳)」の特徴

企業が情報を開示することをディスクロージャーと呼ぶ。企業の情報開示には「法廷開示(会社法などの法令で義務付けられている開示)」「適時開示(金融商品取扱所の規則などにより義務付けられている開示)」「任意開示(法令や規則で義務付けられていない投資家向けの広報活動:Investor Relations)」の3つの種類があり、厳密にはIRは「任意開示」を意味するが、「IR翻訳」という言葉はそれらを区別せず「企業が株主や投資家に開示する情報・文書の翻訳」全般のことを指して使われることが多い。

ディスクロージャー(開示)文書は、企業が株主・投資家向けに財務情報などを開示するためのもので、1,000字前後の適時開示資料(IRリリース)から、10万字を超える有価証券報告書や統合報告書まで幅が広い。IR・ディスクロージャー翻訳は日本の上場企業と上場準備企業から依頼され、日本語から英語への翻訳が中心で、英語以外の言語の開示はほぼない。ソースクライアントは、上場企業と上場準備企業(約4,000社)を中心に、あらゆる業種の企業となる。

金融&IR分野の通訳の仕事とは

仕事の特徴

金融分野の通訳は、銀行、保険、クレジット、信販、フィンテック(金融Financeと技術Technologyが結びついたもの)などの金融機関をクライアントとし、社内外の会議やミーティングで同時/逐次通訳サービスを提供するもの。インハウスの通訳者が担当することもあれば、状況に応じてフリーランスが手配されることもある。

一方、IR(Investor Relations)通訳とは、企業が投資家に向けて経営状況や財務状況などの情報を発信する際の通訳をいう。クライアントはあらゆる業種における上場企業と、投資家および証券会社ということになる。IR通訳の場合も、インハウスまたはフリーランスの通訳者が業務を担当している。金融機関で発生する通訳案件の中にはIR関連も含まれるため、金融分野とIR分野を明確に分けることは難しい。IRを行う企業にはさまざまな業種があり、その中の一つが金融機関だとイメージすればわかりやすいだろう。
IR通訳では主に「証券会社主催のカンファレンス」「来日した海外投資家による企業訪問」「日本企業による海外ロードショー」「IPO、POの実施に伴うプレゼンテーション」「株主総会、決算説明会、取締役会」などの現場に通訳者が入ることになる。

近年の金融市場の環境と通訳・翻訳需要の変化

知っておきたい金融市場の動き

金融市場が大きく動けば、金融レポートの翻訳が増えたり、関連のカンファレンスの通訳が発生するなど、金融&IR関連の翻訳・通訳の仕事は、金融市場の動きや景気動向に深く関わっている。また通訳・翻訳は「コミュニケーションのサポート」なので、市場動向に加えて、海外の投資家と日本企業との関わり方により、仕事の内容や量が変わってくる。

ここ数年の国内の金融市場の大きな変化としては、以下のことが挙げられる。

2021年 コーポレートガバナンス・コードの改訂
…プライム市場上場企業に対し、情報の英文開示が促される

2022年 東京証券取引所(東証)の市場再編
…「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」の3つの市場区分に

2024年 17年ぶりの利上げ
…日銀がマイナス金利政策解除で17年ぶりの利上げに踏み切る
株価の上昇
…日経平均が過去の最高値3万8915円を34年ぶりに更新

2025年4月以降実施予定 プライム市場の英文開示義務化
…決算情報や適時開示情報を日本語と同時に英文開示することが義務付けられる

なかでも通訳・翻訳業界に影響を及ぼしたのが「コーポレートガバナンス・コードの改訂」により、プライム市場上場企業に英文開示への対応が求められたことである。さらに25年4月から「プライム市場上場企業に対する日本語と同時の英文開示の義務化」が決まっている。

東京証券取引所は、2019年から上場企業に対して英文開示状況の調査を行っている。最新データ(※23年12月末時点)を見ると、英文開示を実施するプライム市場上場企業の割合は98.2%で、実施率は上昇。また資料別の英文開示実施率は、決算短信は91.7%、招集通知は90.9%と調査開始後初めて90%を上回り、適時開示資料は52.1%と初めて50%を上回った。それだけ英文開示を実施する企業が増えており、日本語から英語に翻訳される文書が増加しているということだ。

※東京証券取引所 英文開示実施状況調査結果(2023年12月末時点)よりhttps://www.jpx.co.jp/corporate/news/news-releases/0060/20240124-01.html

翻訳需要の変化

前述のように、コーポレート・ガバナンスコードの改定や、英文開示の義務化に伴い「企業の開示資料の日英翻訳」の需要が増加している。プライム市場ではすでに大半の企業が英文開示に取り組んでいるが、今後その取り組みはより加速し、開示範囲も拡大するとみられている。

IR翻訳はディスクロージャーや会計に関する専門知識が必要で、企業の重要情報を扱う責任重大な仕事だが、さまざまな業界の企業の最先端の動向に触れられるという魅力もある。また、AI翻訳やMTが使用される場合もあるが、海外投資家への訴求力が求められる文章や、多数の専門用語、大きな数字などを扱うため、AIのみに任せることは難しく、人間の翻訳者が必要とされる分野でもある。

通訳需要の変化

日本企業へ投資する外国人投資家が増えることで、投資家と企業間のミーティングなどで通訳者が必要になるケースも増加する。企業情報の英文開示もその追い風になっており、翻訳ほど急速な伸びではないが、IR通訳の需要も近年確実に増えている

コロナ禍により、IR通訳案件で最も発生する頻度の多い投資家と企業のミーティングは主にオンラインで行われていたが、昨年頃からは海外投資家が日本に渡航して直接企業訪問をしたり、カンファレンスに参加したりという動きも徐々に戻ってきているという。IR通訳は、企業が投資家に向けて発信する情報や企業と投資家間の質疑応答を通訳するため、財務諸表やその企業の業界についての知識が必須で、投資家の企業訪問をアテンドする場合はホスピタリティも求められる。企業と投資家をつなぐ重要な仕事であり、その点にやりがいを感じる人も多いようだ。

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