通訳・翻訳・語学関連の注目の書籍を、著者や編者の方のコメントとともに紹介します。
前から訳すか、後ろから訳すか
語順処理の研究書
『英日通訳翻訳における語順処理—順送り訳の歴史・理論・実践』
石塚浩之 編集 ひつじ書房
出版社HP
【編者が語る】
英語から日本語への通訳翻訳における語順処理の問題を
多面的かつ包括的に論じた初の研究書
次の英文を日本語に翻訳するとすればどう訳すでしょうか。
Let me just comment very quickly on the current situation regarding the ports on the west coast.
DeepLを使うと、こんな訳になりました。
「西海岸の港の現状について簡単にコメントさせてください」
同時通訳者ならこんなふうに訳すかもしれません。
「簡単に今の状況についてコメントをします。西海岸の港湾問題についてです」
ここで注目してほしいのは訳文の語順です。原文では “the current situation regarding the ports on the west coast” は文の後半にありますが、DeepL訳ではこれに対応する「西海岸の港の現状」が文頭にあります。一方、同時通訳は頭から訳しますので、この部分が文末にあります。つまり、DeepL訳は原文の語順を逆転しているのに対し、同時通訳は順送りに訳しています。
英語を日本語に訳す際には、文法の違いから語順の逆転が当然と思われがちです。中学や高校で関係節や分詞修飾句は「後ろから訳すように」という指導を受けたことのある人も多いでしょう。
一方、翻訳の実務や指導においては、原文の流れを保持し、頭から訳すべきという主張がなされることが多いです。また、同時通訳や字幕は、必然的に順送りの処理が求められます。
前から訳すか、後ろから訳すか。これは翻訳にとっては基本的な問題のひとつです。しかし、これまでこの問題について歴史的、理論的な検証はなされてきませんでした。この本では、翻訳における語順の問題に焦点を当て、これまで訳の順序についてどのような主張がなされてきたのか、順送り訳はなぜ可能なのか、そして、順送り訳にはどのような利点があるのかなどの問題を、多角的かつ包括的に論じた研究書です。
本書は序論の他、10章の論文で構成されており、全体として通訳翻訳の実務者や学習者に理論的な根拠を与えるだけでなく、一般の英語教育における訳のあり方にも新たな展望を示しています。
執筆者:石塚浩之、稲生衣代、岡村ゆうき、小川陽香、辰己明子、長沼美香子、畑上雅朗、平岡裕資、船山仲他、水野的、溝脇孝哲、山田優〈日本学術振興会助成刊行物〉
広島修道大学人文学部教授。専門は通訳研究。特に同時通訳の認知的側面の明示化に関心がある。 [主な著書・論文] 「同時通訳における概念骨格―心的表示の持続性と流動性について」『通訳翻訳研究』第16巻(2017) 「サイトラにおける認知プロセス―分割・保持・組換え」『通訳翻訳研究への招待』第19号(2018)