Web3業界で日英通訳者として働く、大谷かなこさんによる連載!
「Web3ってなに?」「最近よく聞くけど、難しそう……」といった疑問に答え、いま需要が増えている、Web3業界での通訳のお仕事について解説していただきます。
通訳者だけではなく、「Web3」について知りたい翻訳者の方も必見です。
こんにちは! 大谷かなこです。
変化の激しいWeb3業界において「何から勉強すればいいのか分からない…」と感じていらっしゃる通訳者の方も多いのではないでしょうか。
もちろん、最新のニュースや技術トレンドを追うことは大切です。しかし業界では、過去に起きた重大な「事件」や「失敗」の話題も頻繁に登場します。
たとえば通訳の現場で「あ〜、あの話ね!」と当たり前のように語られる企業名や人物名、事件名。これらを知らないと、言葉そのものは訳せても、会話のニュアンスや背景の意味合いを通訳としてきちんと伝えることが難しくなります。
そこで今回は、私が実際にミーティングやメディアインタビュー、大型Web3カンファレンスのセッションなどで通訳を務めるなかで頻繁に聞いた用語=「通訳者が知っておくべきWeb3業界の大事件」をピックアップしてご紹介します。
これらを押さえておけば、ニュースをただ読むだけでは得られない「業界の文脈」がつかめ、通訳者としての理解力と説得力がぐっと高まるはずです。

まず知っておきたい歴史的な大事件:3選
今回は主に3つの大事件をご紹介します。
1:マウントゴックス事件 (2014年)
2:テラショック (2022年)
3:FTX事件 (2022年)
1:マウントゴックス事件(2014年)
「マウントゴックス事件」は2014年に起きた、世界初の大規模ビットコイン流出事件です。ビットコイン消失数は当時最大級で、多くの投資家に衝撃を与えました。
マウントゴックス(Mt.Gox)は暗号資産取引所です。当時は世界中のビットコイン取引の約7割を扱っていました。しかし2011年から断続的にハッキング被害を受け、最終的に自社保有分のビットコインと預かっていた顧客分のビットコインを合わせて約85万ビットコイン(※当時レートで約470億円相当)が消失してしまいました。被害にあったユーザーは数万人にも及びました。
当時はメディアの影響もあり、ビットコインに対する可能性を感じる人が増えていました。しかしこの事件がきっかけで世間に「ビットコインは危ない」といったマイナスイメージが広がってしまいました。ビットコインから撤退する投資家も増えて、ビットコインの価格が下落しました。
それからこの事件がきっかけで、Web3業界にて「GOXする (ゴックスする)」という用語ができました。暗号資産の取引所がハッキングされたり、仮想通貨の誤送信などで失ったりすることを指します。
2:テラショック(2022年)
「テラショック」は、2022年に起きたステーブルコインの崩壊事件です。「LUNA-USTショック」や「Terra/LUNA事件」とも呼ばれます。
「テラ (Terra)」というブロックチェーン上にある「テラUSD (UST)」というステーブルコインの価値が大暴落しました。
ステーブルコインは、法定通貨の価格と連動(「ペッグ」)して価格が安定するように設計された仮想通貨です。たとえば「1ドル=1枚のコイン」といった形で、常に一定の価値を保つことを目的としています。(※詳しくは第2回連載記事参照)
しかしUSTとアメリカドルとの連動が外れてしまい、「1ドルに価値を固定する」はずだったUSTが暴落、同じくテラチェーン上で扱われていた仮想通貨「LUNA」も一夜にして無価値化してしまいました。
事件の原因は、ステーブルコインの価格を維持する方法でした。価格を維持する方法の違いから、ステーブルコインには主に3つの種類があります。
◆ステーブルコインの種類 (価格を維持する主な方法)
✅ 法定通貨担保型
ニクソン・ショックまで活用されていた、中央銀行が通貨を発行するときに同じ価値の金を担保として保有する「金本位制」の仮想通貨版をイメージしてください。
法定通貨担保型のステーブルコインは、そのステーブルコインを発行した会社が金の代わりに同じ価値の法定通貨(ドル、円など)を担保として一定期間保有することで価格を維持します。
Web3業界で最も使われているステーブルコイン「USDC」や「USDT」は法定通貨担保型です。
✅ 仮想通貨担保型
法定通貨の代わりに、特定の仮想通貨を担保として価格を維持するステーブルコインです。銀行など中央集権的な組織に頼ることなく発行できるので「Web3らしいステーブルコイン」とも言えるでしょう。
しかし仮想通貨は法定通貨よりも価格が不安定なため、価値を安定させるために担保とする仮想通貨の量を数倍増やすこともあります。
✅ アルゴリズム型 (無担保型)
担保を何もつけずに、価格の変動リスクを経済の原理に従って調整するステーブルコインです。無担保のため価格が崩壊するリスクが大きいです。
この中でUSTは「アルゴリズム型」で、アルゴリズム型の脆弱性が課題となりました。この事件をきっかけに各国でステーブルコイン規制の議論が本格化しました。
3:FTX事件(2022年)
「FTX事件 (FTX Collapse)」は2022年末、当時はトップ暗号資産取引所の1つであった「FTX」が顧客資金の流用が原因で信頼を失い、最終的に経営破綻した事件です。創業者のサム・バンクマン=フリード(SBF)が設立した暗号資産投資系の企業「アラメダ・リサーチ (Alameda Research)」の総資産の約半分がFTXのサービス内仮想通貨「FTT」であることが発覚し、FTXとアラメダ・リサーチ間に不適切な資金の流れがあるのではと疑われました。
その後、顧客資産の不正流用や内部統制の欠如が判明しました。創業者のサム・バンクマン=フリード(SBF)は2024年3月に詐欺などの罪で有罪評決を受け、2024年10月に懲役25年を宣告されました。
この事件は「大手でも安全ではない」という教訓を残し、Web3業界全体に「信頼」と「透明性」の課題を突き付けました。
また安全な暗号資産の管理・保管方法=「カストディ (Custody)」も模索され始め、自分の資産を取引所などに預けないで自分で管理する「セルフカストディ (Self-custody)」という方法も使われるようになりました。
まとめ:「あ~、あの事件ね!」が通訳の武器になる
今回の記事を読んで「やっぱり仮想通貨って危ないな…」と思われた人もいらっしゃるかもしれません。たしかにまだまだ発展途上の領域ではありますが、過去の事件を教訓に今も世界中で様々な業界の人たちが「もう二度と起こらないようにするにはどうしたらよいか?」と取り組まれています。
だからこそ今回ご紹介した事件は単なるニュースではなく、業界の共通知識=コンテキストとして知っておく必要があります。
Web3業界での通訳は、ただテクノロジーの用語を訳すだけではありません。このように業界の歴史と変化の物語も伝えることも大きな役割だと思っています。
この記事を読んだみなさんも「マウントゴックス事件」「FTX事件」と聞くだけで「あ~!あの事件ね!」と思っていただけることを願っています。
実は背景知識を知っておくべきトピックはまだまだたくさんあります。次回の記事では大事件の他にも押さえておきたいニュースについて解説していきます。
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カリフォルニア州立大学チコ校卒業。Web3コンサルティング企業「0x Consulting Group」専属通訳。「Web3専門の通訳」として、社内会議だけではなく国内Web3イベントや記者発表会にて逐次・同時通訳に携わる。国内最大規模のWeb3カンファレンス「WebX」では西村経済産業省大臣や「2ちゃんねる」創設者ひろゆきの登壇セッションにて同時通訳も担当。数々のWeb3プロジェクトに携わる中で「言語の壁」が業界で大きな課題になっていることを痛感し、「同業界にて日本と世界を繋ぐ仲間を増やしたい」という想いから通訳者向けにWeb3教育も行っている。好きな英文法は「関係代名詞」。
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