『HIP HOP ENGLISH MASTER』Vol.6

2023年8月に『HIP HOP ENGLISH MASTER』(Gakken)を刊行した、ラッパーのMEISOさん。実は通訳者・翻訳者としても活躍しており、日本会議通訳者協会主催「同時通訳グランプリ2019」ではグランプリ、「B-BOY PARK2003」ではMCバトル王者という異例の2冠を達成しています。今回は、即興で韻を踏むHIP HOPの技法であるFREESTYLEについて語っていただきました。予想外のことが起こる通訳の現場に、FREESTYLEのメンタリティはどう生きるのでしょうか。

通訳現場のハプニング対策に役立った
HIP HOPのマインドセット

Can’t Stop, Won’t Stop

通訳をしていると、まるでハプニングのテーマパークにいるような気分になる。音響トラブルに見舞われたり、事前に共有されていないプレゼンが突如始まったり、感動のスピーチを予告なしで通訳せよと言われたりする。これがアトラクションならまだしも、毎回がサプライズショーの連続である。

そして突然、親父ギャグのオンパレードに巻き込まれたり、交代なしで延長(さらに延長!)という無限ループに突入したりするのもお決まりのパターンだ。肝心なのは、どんな状況でもパニックにならないこと。頭が真っ白になった瞬間、そこで試合終了だ。だから、「ベストエフォートで!」が通訳者の合言葉となるのだ。しかし「諦めるところは諦める」と口では言いつつも、なかなか諦めきれない。「諦め」「こだわり」の両者間を延々と行ったり来たりし続けるのは、まさに通訳の職業病と言える。

とはいえ、本番は待ったなしだ。余計なことは考えず、ハプニングの大波小波を笑顔でサーフィンしながら、最善を尽くすしかない。「こんなことは聞いてません!」と流れを中断しても後の祭り。HIP HOPの世界にはCan’t Stop, Won’t Stopという言葉があるが、通訳もまさにそれである。想定外のことが起きても止まる暇はない。止まれば情報の流れが滞り、場がしらける。だから通訳者は「最初から知ってましたよ!」という顔で流れを乗りこなし続け、軌道修正しながら(時にはちょっぴり誤魔化しながら)通訳を続けるのが肝心である。

即興で韻を踏むFREESTYLE

そんな厳しい現場を乗り切ると、何とも言えない達成感があり、武勇伝を肴にいただく仕事後の一杯が美味くなる。これがあるから通訳の仕事は恐ろしくも同時にエキサイティングで飽きない。過酷な山をなんとか乗り越え「無事に成立」させられる通訳者は、クライアントと同業者の信用を勝ち取る。そんなプロセスを楽しめる、ある意味図太い人が、通訳に向いているのかもしれない。

とはいえ、通訳を始めたばかりの頃は、想定外のことが起きると固まってしまうことも多々あった。聞こえてくる言葉が全く理解できなかったり、理解したつもりでも言葉が出てこなかったり。焦れば焦るほど、泥沼にハマるパニックのスパイラル。「通訳の声が聞こえなくなりました」の一言で混乱から目を覚ますこともあった。自分のフリーズで全体の進行がストップし、「どうしたのかな?」とみんなの視線が集中する。まさに悪夢である。何とも言えない敗北感に包まれる瞬間だ。

もちろん、事前に資料をもらえるに越したことはないが、現実はいつもパーフェクトとはいかない。むしろ予想外のことが起きて当たり前である。だからこそ、藁にもすがる思いでHIP HOPのマインドセットであり技法のFREESTYLEに目を向けた。もちろん通訳中にラップをするわけではないが、即興のスキルが役立つかも、と。

HIP HOPにおけるFREESTYLEでは、即興で韻を踏むことがキモである。伝説的なフリースタイル・ラッパーSupernaturalが言うように「FREESTYLEとは、即興的なスキルの最も深いところから生まれる。即興で韻を踏めること、それがフリースタイルの定義だ」。つまり、周りの情報を瞬時に吸収し、それを自分の表現に変えるのがFREESTYLEなのである。

DJ機材やフライヤーなど周囲のものを次々に歌詞に組み込んでいくSupernaturalによるFreestyle

事前に準備した歌詞をラップするんじゃなくて、その場で歌詞を作りながら歌う。ダンスだって振り付けなしで踊るし、グラフィティだって下書きなしで描く。DJだって練習したルーティンじゃなくて、その場で選曲やスクラッチをするんだ。つまり、FREESTYLEのマインドでは、事前に用意した「ネタ(台本)」の使用はご法度。

台本がない代わりに外からの情報のインプットを積極的に受け入れ、咀嚼して、今度は自分が発信する。ラッパーってあんまり人の話を聞いてない印象があるかもしれないが、注意深く聞く耳を持っていないとフリースタイルバトルでは絶対に勝てない。だから観客の歓声、ファッション、人の仕草、発言などにアンテナを立て、瞬時に吸収することがアウトプットと同じくらい重要なのだ。

初めから敷かれたレールが存在せず、ハプニングのビッグウェーブを乗りこなすことで最大限効果を生み出す表現のスタイルだからこそ、台本にない展開に強い。むしろ台本がない展開こそがホームグラウンド。そんなFREESTYLEのメンタリティは不測の事態が多発する通訳の現場にどこまで通用するのだろうか?

→Vol.7に続く

【試聴】HIP HOP ENGLISH MASTER (SAMPLE MIX)

【書籍紹介動画】『HIP HOP ENGLISH MASTER ラップで上達する英語音読レッスン』

【Podcast】HIP HOP ENGLISH SCHOOL(ヒップホップ ・イングリッシュ・スクール)
-MEISO&EM島

MEISOと、編集者のEM島がおくる、ラップを通して「世界」と「英語」を学ぶ、ヒップホップ エデュテインメントプログラム。
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MEISO
MEISO高木 久理守

日本生まれ。幼稚園まで米国で育ち、小・中・高は日本で過ごす。ハワイ大学卒。アニメーション制作会社の社内通訳者で、通翻訳チームのリーダー。CGアニメ・映像制作を中心に通訳として活動。2019年、日本会議通訳者協会主催「同時通訳グランプリ」でグランプリを受賞。またラッパーとしても「B-BOY PARK2003」MCバトル王者として知られる。アルバムを5枚リリースし、最新作は「轆轤」(2017)。「ENGLISH JOURNAL」に「英語でラップを学ぶ〜Rap in English!」を寄稿。