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メディカル分野でフリーランス通訳者として活躍し、製薬企業の会議や当局による査察などの通訳を多数担当されている早苗康子さんに、お仕事の特徴や魅力について語っていただきました!
新薬や新たな医療機器の開発会議・査察などで通訳を担当
医療の最前線に触れられる仕事
めざしたきっかけは? ―40 代で通訳の道へ
医薬分野の知識は放送大学の講座で 一から学んだ
現在、メディカル分野を中心にフリーランス通訳者として活躍する早苗康子さんが、本格的に通訳の勉強を始めたのは40代になってからのことだった。もともと発展途上国の支援活動に興味があり、大学卒業後はIT系企業で数年間SEとして勤務して留学資金を貯め、イギリスへ渡って開発経済学を学んだ。帰国後は日本でNGO団体に就職し、個人事業などを経て、通訳という仕事に巡り合った。
「NGOに勤めた後に、個人でフェアトレード関連の卸事業を始めたのですが、収入的に続けるのが厳しくなってしまいまして・・・。何か別の仕事を考えなければならなくなったときに、自分が持っている英語のスキルを生かした『通訳』の道が良いのではと思ったんです」
イギリスでの留学経験に加え、NGO時代は海外でのプロジェクトの視察や、海外文献の翻訳も担当するなど、これまでに仕事で英語を使った経験もあった。さっそく通訳学校に通い始め、1年後には難度が低めの派遣などの仕事で通訳者として働き始める。それから4年ほどは、社内通訳者として経験を積みながら、継続して通訳学校にも通ってスキルを磨いていった。
駆け出しの頃は主にIT関連企業での社内通訳をしていたが、自分が体調を崩した経験をきっかけに、人体の仕組みをより深く知りたいと思い、メディカル分野に興味を持つようになる。求人を探し、2015年からは製薬会社の社内通訳として働き始めた。
「それまで医薬の専門知識はほぼなかったので、働きながら放送大学の医療関係の講座を受講して地道に学び、単位を取得しました。看護学校の卒業単位として認定されるような講座なのですが、高校生物のレベルから学び直すことができ、本当に勉強になる内容でした。この講座で得た知識が、メディカル分野での通訳の基礎になっていると思います」
その後、最初の会社も含め4社の製薬系企業で社内通訳を経験し、2022年からはフリーランスとして活動している。クライアントは外資系の製薬会社や医療機器メーカーが中心だ。
担当するメディカル分野の主な通訳現場
・製薬会社、医療機器メーカーでの社内会議
・製薬会社、医療機器メーカーとPMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)の会議
・PMDAによる査察(GMP、GCPなど)
など
通訳の現場&特徴は? ―メーカーでの会議と査察が中心
資料が膨大なため入念な準備が必須
早苗さんが主に請け負っているのは、製薬会社や医療機器メーカーで発生する会議での通訳だ。これには、メーカー各社と独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)との間での会議も含まれる。加えて、PMDAやアメリカ食品医薬品局(FDA)の担当者がメーカーの工場などを訪問する際の査察通訳も担当する。会議通訳はコロナ下ではすべて遠隔になったが、現在はオンサイトも復活してきて、遠隔と現場の割合はほぼ半々になっている。会議によって逐次通訳の場合と同時通訳の場合があり、その割合も同程度だという。会議の長さも内容によって異なり、短いときは30分、長いときは丸1日(6~8時間程度)を3人の通訳者で交代しながら行うこともある。
新薬や新しい医療機器の開発に関する会議が大半のため、事前の綿密な準備が欠かせない。PMDAとメーカー間の会議では資料が100ページを超えることもあるので、大きな会議の前には仕事を入れずに、準備期間を取って通訳の準備に充てるようにしている。
「PMDAとの会議では、資料は遅くても1週間前、早ければ1カ月前くらいに渡していただけるので、そこから準備をして本番に備えます。直前に詰め込むのは難しいので、何回かに分けて勉強して頭に馴染ませるようにしています。通訳の仕事は会議が円滑に進むことが最大の目的。そこを常に意識して、仕事に臨みます」
仕事の魅力は? ―需要は常に安定
知識が必要なぶん替えがきかない人材になれる
仕事は登録している国内・海外の通訳会社から主に受注しているが、メーカーなどからの直接依頼もある。医薬品の開発は景気に左右されず常に進行しているため、通訳の仕事も途切れることは少ないという。
「マーケットの規模でいうとITなどのほうが大きいと思うのですが、そちらに比べてメディカルはできる通訳者の方が少ないので、ずっと安定した需要があると感じています。専門知識が必要なぶん、長くやればやるほど有利になっていく、替えの利かない人材になれるという面があるので、長く仕事を続けたい方には良い分野だと思います」
英語で医療情報を発信するYouTubeなども活用して、シャドーイングや情報のキャッチアップを行い、日々スキルを高めている。難解な医療用語を扱う苦労もあるが、まだ世に出ていない薬や治療法など、最新の医薬に関する情報に触れられることがとてもおもしろく、やりがいを感じているという。
メディカル翻訳者をめざす人へのAdvice!
分野未経験の場合は
社内通訳から始めるのがおすすめ
私のように専門知識ゼロの状態からメディカル分野の通訳者をめざす場合は、最初は製薬会社などの社内通訳から入る方が良いと思います。IT分野からの転向を考えていた当時、エージェントの方にも相談しましたが、メディカル系はフリーランスで未経験だと厳しいということで社内通訳を勧められ、結果的にそれがとてもよかったです。社内だと就業時間内に様々な薬について勉強できるし、同僚や社員に質問もできるので、業界知識が付きます。またエージェントもメディカル分野での社内通訳経験の有無を見ているはずなので、ある程度経験を積んでからフリーランスとして仕事を探した方が、道が開けると思います。
実は私が勉強を始めた当時は心臓と肺の区別もついていないくらいでしたが、知識はコツコツと積み重ねれば身についてくるものです。通訳者の多くは文系ですし、最初から医薬の素養があったという人はほとんどいないと思いますので、興味と学ぶ意欲さえあれば挑戦できる分野です。
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さなえ・やすこ/慶應義塾大学経済学部卒業、英イーストアングリア大学で開発経済学修士号取得。システムエンジニア、NGO勤務、個人事業などを経て40代になって通訳をめざし始める。夜間の通訳学校に通いながらIT、製薬企業など8社ほどの社内通訳を経て、現在は主にメディカル分野のフリーランスとして活躍。製薬企業の社内会議から、当局との会議(機構相談)や当局による査察(GMP、GCPなど)まで多数経験。趣味はピアノ、音楽理論、ハイキング。
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