政治経済から音楽まで多分野で活躍
半年ほど放送通訳に専念し、その後は先輩通訳者や知人の紹介で徐々に会議通訳の案件を受けるようになっていった。当時はIR通訳者が不足しており、IRを足がかりに金融、経済、政治へと対応分野を拡大していったという。
会議通訳デビューはペット用品メーカーの社内会議だったが、初仕事には笑い話のような思い出がある。それまで放送通訳では英日の訳出のみを担当していたため、日英パートも訳出するということに気づかず、スピーカーの発言が終わった後、会議室に沈黙の時間が流れてしまったという。
「『誰が訳すんだろう? あっ、私か!』と我に返って日英を訳出し始め、なんとかその場を乗りきりました(笑)。逐次通訳だったので最小限のミスで済みましたが、いま思えばプロとして恥ずかしいかぎりです」
放送通訳者として稼働したのは10年ほど。この間、CNN、BBC、NBC、CNBC等で経験を積みつつ会議通訳者としてもキャリアを重ねた。日英の訳出スキルは現場に出ながら独学で身につけてきたという。
ここ10年は会議通訳に専念し、世界経済フォーラム、SVJP(シリコンバレー・ジャパンプラットフォーム)、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団など政財界の大型案件を手がけるほか、音楽業界のビジネス案件も請け負う。付き合いのあるエージェントは現在1社のみで、オリンピック・パラリンピックや万博など大規模イベントはエージェント経由で受け、それ以外はほとんどがソースクライアントとの直接取引だ。
コロナ禍の影響を受け、2020年以降はほぼすべての案件がリモート通訳に切り替わった。現在は週4日程度稼働し、自宅からWeb会議システムを利用して通訳することが多い。対面での通訳からはしばらく遠ざかっているが、それでもこの仕事をしていなければ出会えないような人に出会い、いろいろな世界を垣間見られることが何より楽しいという。21年3月には、オードリー・タン台湾デジタル担当大臣の特別講演を訳す機会があり、明晰な頭脳から繰り広げられる話に必死でついていきながら同時通訳をこなした。
「最先端のITの話をしていたかと思うと、話題はグーテンベルクの活版印刷に移り、最終的には技術が人々の生活を変えるという結論に落ち着くんです。予想もつかない話題が飛び出しても、すべて拾って結論に結びつけないといけないので、通訳するほうは大変です。とは言っても、オードリー・タンさんのような魅力的な方の興味深いお話を通訳できていい経験になりました」
政治経済から音楽まで、振り幅の大きい田中さんならではのエピソードもある。19年12月、ロックバンドU2が公演のために来日した際には、ロックスターのボノの通訳を務めた2日後、慈善活動家ボノの通訳を務めた。同一人物の通訳ながら、発注元も違えば現場のシチュエーションもまったく異なるというユニークな例だ。CNNで「ラリー・キング・ライブ」の画面越しにボノの言葉を訳した時、その哲学的な話に魅了され、「いつかこの人に直接会って通訳がしたい」と思ったという田中さん。十数年後、2回連続という形で望みが叶ったのだった。
※『通訳者・翻訳者になる本2023』より転載 取材/岡崎智子 撮影/合田昌史
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1996年、米マウント・ホリヨーク大学(国際関係論専攻)卒業。衛星放送番組制作会社、外資系通信社、米NPO東京オフィスに勤務したのち、放送通訳者養成スクールで通訳技術を学ぶ。2002年、CNNのオーディションを経て放送通訳者デビュー。CNN、BBC等で経験を積みながら会議通訳の仕事を始め、現在は政治経済から音楽まで幅広い分野を手がける。豊富な通訳経験をもとに、コミュニケーションのアドバイスをするコーチングの分野にも活躍の場を広げている。
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