
スポーツ通訳者として、バレー、バスケ、スキーなどさまざまな競技の通訳を務める佐々木真理絵さんが、スポーツ通訳というお仕事の内容と、その現場で出会った印象的な出来事について紹介します。通訳をする上で欠かせない、スポーツ専門用語の解説も!
(※隔月更新予定)
通訳の仕事を全うするために
自信がなくて「直訳」してしまった経験
“He is a clown.”
バレーボールのチームに所属して通訳をしていたとき、外国籍コーチがある選手のことをこう表現しました。
私はそれをそのまま「彼はピエロだ」と訳しました。
“He is a clown”は“お調子者”、“ふざけたやつ”を表す比喩表現です。
日本人にとって、お調子者をピエロで表現するのは馴染みのない比喩表現です。本来であれば、「彼はお調子者だ」という風に、この表現が何を意味するのかということを日本語にして伝えるべきでした。しかし私は、「彼はピエロだ」と直訳してしまいました。
このとき、私は怖かったのです。自分の訳に自信がなく、自信を持って伝えることができませんでした。しかも、「お調子者」、「ふざけたやつ」は決して良い意味ではありません。ネガティブな内容を堂々と伝えることもためらってしまい、伝える責任から逃げてしまったのです。
実際にこの後、日本人スタッフ側から「直訳では意味が分からない」と注意を受けました。
通訳者は伝わるように訳すことが仕事です。時には、直訳だけでは役割不足となります。直訳では伝わらないことは、相手に伝わる表現に変えて初めて、通訳としてのお仕事を全うしていることになります。

一方で通訳者を悩ませる言葉に、「そのまま訳してくれたら良いから!」「直訳で良いから」というものがあります。
例えば、バレーボールは“2段トス”という用語があります。セッターの定位置から大きく離れた場所から上がるトスのことです。これを外国人コーチは英語で“High Set (ハイセット)”と言っていました。どこにも“2”という数字は入っていません。
“対人”という2人以上で行うパス練習は、英語では“Pepper(ペッパー)”と言います。
外国人コーチが「じゃあペッパーするよ!」と選手たちに声をかけたのですが、初めて聞いた時は「ペッパー? なに? 胡椒?」となりました。
戸惑う私を外国人コーチが面白がり、「そうだよ。ペッパー&ソルトだよ。練習にはスパイスが必要だからね。」なんて冗談まじりに私に耳打ちしましたが、更に混乱したという思い出です。
通訳に関して、依頼主から「内容が分からなくても、直訳すれば大丈夫なので!」なんてことを言われることもありますが、実際には、このように理解が足りていないことを意味が通るように伝えるのはとても難しいです。
シチュエーションや内容によって“直訳”か“意訳”か、それも判断しながら訳すのが通訳の役割ですが、それを正しく判断するためにも競技の知識が必要です。
話を聞きながら、英語と日本語を入れ替え、さらに分かりやすい適切な言葉を選ぶ。プロの通訳者たちは簡単そうにやっています。しかし。これは至難の技です。
よりよい通訳をめざして、もがき続ける日々
「人前で訳すのが怖い」
そんな気持ちを抱えるのは珍しいことではありません。
日頃からスポーツ通訳を目指す人たちの相談に乗っていますが、念願叶って通訳でビューしたものの、悩みを抱える人は多いです。練習で上手く訳せずに頭が真っ白になったり、別のスタッフから間違いを指摘されたりして、自信を失う人もいます。私も同じ経験をしてきました。
プロの世界は厳しく、求められるクオリティに達しなければシーズン中でも契約解除の可能性があります。毎日「来年も仕事があるだろうか」と思いながら過ごすのが現実です。夢を叶えることはゴールではなく、新しいスタート。「通訳になる!」という夢を実現した後は、「良い通訳になる!」という終わりのないゴールに向かって、もがき続ける日々です。
私たち通訳者は“言葉の壁をなくす”ために存在します。誰かをサポートしたい、そんな優しい気持ちを持ってこの道を志した人が多いはずです。でも、サポートする側の人間が苦しんでいては、目の前の人に優しく接するのは難しい。
語学アプリDuolingoの創設者、ルイス・フォン・アン氏がインタビューで「メンツや体裁を気にせず、変に聞こえても気にしないほど言語の習得が上手」と話していました。
これは通訳の技術にも当てはまると思います。最初から完璧に訳せる人なんていません。他人からどう見られているかを気にしすぎて、訳すのが怖くなる気持ちはわかります。しかし、その壁を超えて挑戦すれば、失敗の中から「じゃあ次はどうすればいいか」という解決策に出会えます。
約2年半の連載も今回で最終回です。この連載では、私の失敗談をたくさん書かせもらいました。
当時は誰にも言えずに抱え込んでいた苦い経験も、「この人、こんな失敗しながらも頑張っているのか!」なんて誰かが元気を出すきっかけになってもらえたら、あの時苦しんでいた過去の私もそろそろ成仏できそうです(笑)。
★佐々木真理絵さんの連載一覧

大学卒業後、一般企業への就職を経て、2013年 日本プロバスケットボールリーグチーム「大阪エヴェッサ」の通訳兼マネージャーとなる。バスケットボールチーム、バレーボールチームで経験を積みながら猛勉強し、現在はフリーランスのスポーツ通訳者として活動中。世界バレーなどの大会での通訳のほか、NCAAバレーボール日本遠征、日本の大学生チームの海外遠征、スキークロスFISカップ ヨーロッパ遠征などへの帯同も行う。