スポーツ通訳者として、バレー、バスケ、スキーなどさまざまな競技の通訳を務める佐々木真理絵さんが、スポーツ通訳というお仕事の内容と、その現場で出会った印象的な出来事について紹介します。通訳をする上で欠かせない、スポーツ専門用語の解説も!
(※隔月更新予定)
スポーツ通訳になるため プロバスケチームに猛アピール!
一度は面接に失敗したけれど…
今回は、「将来、スポーツ通訳になりたい!…でも自信がない。」という人たちにエールを送るために、私が初めてスポーツ業界に入ったときのことを書きます。
ある日、bjリーグ(現在のBリーグ)のチーム、大阪エヴェッサの「チームマネージャー兼通訳募集」という求人を目にしました。私は急いで履歴書を送り、数日後に面接の機会をいただきました。
当時26歳の私は、「スポーツ界で通訳をしたい!」という夢を叶えるために、会社を辞めてスポーツ関係の仕事を探しているところでした。しかし、その頃の私は日常会話もまともにできないほど英語が話せませんでした。
今振り返ると、英語が話せないくせに通訳の求人に応募するなんて自分でも信じられません…。
面接で、「酸素カプセルに入ることでリカバリーの効果は上がると思うか?」という質問を英語でされました。まさか英語で面接なんてされると思っていなかった私…。何も答えられず、悲惨な空気が流れましたが、面接の最後に、当時のヘッドコーチから「その英語力では難しいかな…ただ、もし良かったら今週末に試合があるから見にきて!」と言われたので、その週末の試合を見に行くことにしました。
それが初めてのプロバスケ観戦でした。
試合が終わると、会場の外でファンの人たちが出待ちをしていたので、私もそれに便乗して選手やスタッフが出てくるのを待っていました。
ヘッドコーチが会場から出てきた時、勇気を出して声をかけました。緊張して心臓が爆発しそうでしたが、『ここでアピールしないと見に来た意味がない!』と、必死でした。
「先日面接して頂いた佐々木です! 試合を見にきました!」と声をかけると、少し驚いたようでしたが、
「来てくれたの?! どうだった? 良かったら来週の練習も見に来てみる?」と言ってもらい、練習を見に行くことになりました。まさかの展開で体が震えました。
初めて体育館に行った日、背の高いアメリカ人選手たちが、ヘッドフォンで音楽を聴きながらロッカールームに入ってきたのを鮮明に覚えています。「Hi」と声をかけましたが、その後どう振舞えば良いのか分からず、それ以上の会話はできませんでした。
翌日からも練習場に毎日通ってマネージャーのお手伝いをさせてもらい、右も左も分かりませんでしたが、とにかくモップ掛けやタイマーなど、自分に出来ることを見つけて頑張りました。すると、数日後にヘッドコーチから「まずはマネージャー業務を頑張りながら、通訳の勉強も前向きにできそうなら、うちのチームでやってみる?」とおっしゃっていただき、ここから私のスポーツ通訳への道が始まりました。
選手のインタビューで
いきなり通訳者デビュー
チームに入団して2週間後、さっそくマッチデープログラムの取材の通訳をお願いされました。マッチデープログラムとは、試合会場で来場者の方に配られる、選手の紹介と短いインタビューが掲載されたパンフレットのことです。
当時在籍していた、アメリカ人のザッカリー・アンドリュース選手のインタビューを掲載するためでした。「私なんかに通訳が出来るわけない!」と心の中で思いましたが、やるしかありません。
ライターさんの質問は思っていたよりシンプルで、私のたどたどしい英語でもなんとか選手に伝えることはできました。
「どんなプレーをファンの皆さんに見てもらいたいですか?」という質問に、選手は「ダンク」と答えていたのですが、もしも聞いたことがないバスケ用語を言われていたら私は凍りついていたでしょう。
初めてのヒーローインタビューも経験しました。
外国籍選手がコートの中央へ呼ばれるのと同時に、私にもマイクを渡されました。選手の言葉を会場の皆さんに伝える、とても重要な役割です。
『なんてこった! 人前で通訳なんてできない!』と頭の中はパニックです。
「お願いだから難しいこと言わないでね! 簡単な言葉にして!」と、選手に耳打ちしてお願いしていました。
通訳は、話者本人が言いたいこと可能な限り伝えるのが仕事です。「難しいことを言うな」と選手に言うなんてもってのほかです。後から振り返り、とても反省しています。
ちなみにその時選手が話した内容は、会場へお越し頂いたファンの皆様への感謝の気持ちであり、バスケの戦術に関するような複雑な内容ではなかったので、なんとか事なきを得ました。
そんな私でしたが、ときにはアメリカ人選手たちに「You are the best!!」なんて言ってもらえる日もありました。
しかし、せっかく褒めてもらったのに、当時の私はそれさえ聞き取れず、「ユアザベースト? …ザベースト? なにそれ?」と聞き返して呆れられたりしていました。
「英語力がなくても通訳になれる!」と言いたいわけではありません。通訳になるには、語学力は必須です。
ただ、「通訳になりたいけど、自信がない…」という人に伝えたいです。
自信たっぷりで現場に立つことなんて、一生ないと思います。言葉は常に変化します。そして、人によって表現の仕方も異なります。スポーツも、時代の流れと共にルールが変わり、新しい概念も生まれます。現場にいながら、それを日々追いかけ、常に勉強しなければいけません。
最初からすばらしい通訳ができる人はとても少ないでしょう。みんな現場でたくさんの失敗と反省を繰り返し、日々成長するものです。自信がないと言って挑戦を後回しにするのか、もしくはチャンスが目の前に来たら挑戦してみるのか…。皆さんそれぞれがベストな選択を出来ることを祈っています!
スポーツ用語&表現の訳し方
We’re on the same page.
→共通の認識を持っている
直訳すると、「私たちは同じページの上にいる」ですが、「共通の認識を持っている」という意味です。日常会話でも使われますが、スポーツシーンでもよく出てくるフレーズです。戦術に対して、理解や認識が合っているか確認を取るために使います。
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大学卒業後、一般企業への就職を経て、2013年 日本プロバスケットボールリーグチーム「大阪エヴェッサ」の通訳兼マネージャーとなる。バスケットボールチーム、バレーボールチームで経験を積みながら猛勉強し、現在はフリーランスのスポーツ通訳者として活動中。世界バレーなどの大会での通訳のほか、NCAAバレーボール日本遠征、日本の大学生チームの海外遠征、スキークロスFISカップ ヨーロッパ遠征などへの帯同も行う。