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2023.05.18 UP

第1回 チームの一員としての通訳者

第1回 チームの一員としての通訳者

スポーツ通訳者として、バレー、バスケ、スキーなどさまざまな競技の通訳を務める佐々木真理絵さんが、スポーツ通訳というお仕事の内容と、その現場で出会った印象的な出来事について紹介します。通訳をする上で欠かせない、スポーツ専門用語の解説も!
(※隔月更新予定)

スポーツ通訳の仕事現場で気づいたこと

チーム全体のことを考えて動く重要性

若手の選手たちが練習準備をしたり、タオルやユニフォームの洗濯をしたり、バス移動の時は忘れ物が無いか最後にチェックをしたり…。スポーツチームにいると下級生や若手選手が“雑用”と呼ばれる仕事をするのはよく目にする光景です。

Vリーグの男子チームで通訳をしていたとき、若手の選手達が練習準備や後片付けをしていました。彼らはいつも周りの状況を見ながら、数人で手際良く作業をしていました。チームで女性は私1人でしたが、遠征中は私にも洗濯物が無いか声をかけてくれ、何か困っている事が無いかと常に気を遣ってくれました。シーズンは長く、良いことばかりではないですが、彼らのおかげで乗り越えた試合や状況が沢山あると感じています。

そのチームの通訳を辞めた後、私はカリフォルニアの男子大学生のバレーボールチームへ2週間ほど帯同したことがあります。全米で優勝経験もあり、アメリカ代表選手も輩出している強豪校でした。練習を見ていた時、あることに気が付きました。このチームは練習準備を全て4年生が行っていたのです。

「どうして上級生が練習準備をしているの?」と聞いたら、「1年生って大変じゃん。入学したばかりでまだ環境にも慣れていないし、授業の為に沢山勉強もしなきゃいけない。だから僕達で話し合って、練習準備は4年生がやるって決めたんだよ。」と教えてくれました。
驚きました。上級生が準備をしているという事実だけでも驚きましたが、それはコーチからの指示ではなく、自分達からの提案ということです。

練習準備は上級生か下級生、どちらがするべきかを問いたい訳ではありません。どのやり方がフィットするかは、チームによってさまざまだと思います。私が感激したのは、どちらのパターンも、彼らは“自分がどう動けばチームが上手く回るか”を考えて動いていることでした。
 

コーチと選手が
激しい言い合いになったときは…

チームメイトを大切にしなければいけないのは通訳の立場でも同じです。

vリーグ在籍中に、ある試合でコーチと選手がサーブについて言い合いになった事がありました。コーチは相手コートのアウトサイドを狙って速いサーブを打つように指示しましたが、選手は別の場所に緩めのサーブを打ちました。ベンチに帰ってきたその選手に向かって、そのコーチは「どうして指示に従えないんだ!」とFワードを交えてかなり激しく問い詰めました。選手は「やろうとしているけど、そんな簡単に出来ないだろ!」と言い返し、そこから言い合いになりました。

口論が徐々に激しくなってきて、通訳が訳す隙も無くなってしまい、私は何も出来ずにただ間で突っ立っているだけになっていました。

私は、通訳の仕事というのはただ言葉を訳すだけではないと考えています。伝えるべき内容を勝手に変える事は絶対にダメですが、その場の空気によって伝え方を工夫するのは通訳の役割だと考えています。
コーチが激しく怒っている場合、「どうして指示に従えないんだ!クソ野郎!」と怒鳴って訳すのか、「どうして指示に従えないのかな」と穏やかなトーンで優しく訳すのか、通訳のトーン、速さ、強さ、語尾によってコーチ本人への印象が変わってしまいます。どの様な訳を選択するかは、そこにいる通訳次第です。

あのとき、もし私が上手く言葉のチョイスが出来ていれば…、もし、訳すだけではなく何か気の利いた言葉をかける事ができていれば…、口論にならずに上手く解決に向かったかもしれません。

コーチにとって、あのサーブは試合のキーになるほど重要な戦術だったのでしょう。だからその狙いを外した選手に激昂したのだと思います。まずは、私もその戦術をきちんと理解し、その重要性を知っておくべきでした。その一方で、選手としてはそこを狙ったけど外れてしまったのか、もしくはコートに立った時に何かを感じて別の場所を狙ったのか、選手本人が言った「やろうとしたけど出来ない」の意味を聞いてあげてコーチに伝える事も出来たかもしれません。そうすれば、あんな口論には発展せずにいい話し合いが出来たかもしれません。

通訳もチームの一員です。その存在によって周りのチーム内の人間関係が良くなる事が求められると思います。
例えば、一緒に荷物を運んだり、外国籍メンバーの買い物に付き添ったり、困っていることがあったら積極的に手伝ったりして日々人間関係を築いています。通訳は人と人との間に入るのが仕事です。だからこそ、通訳自身もチーム内の人たちとそれぞれ信頼関係を築き、その通訳が存在することでチーム内の人間関係が円滑になる事が理想です。

“チームメイトを思いやる”と言葉で言うのは簡単ですが、それを行動で示すのは簡単ではありません。私が出会ったバレーボールチームの若手選手達は、“自分がどう動けばチームが上手く回るか”、それを彼らなりに考えて行動へ移しています。そんな彼らに対して、通訳だからこそ出来る事をもっと行動で示すべきだったなと反省しています。通訳は言葉を訳すために存在していますが、それ以上に、人としての信頼関係を築きながら仕事をしていきたいものです。

当時所属していたバレーボールチームのコーチ(写真左)、外国人選手(写真右)と一緒に

スポーツ用語&表現の訳し方(バレー編)

Campfire
→お見合い

ボールをお互いに譲り合ってしまって、誰も触れずに床に落ちること。ボールを囲んでいるその様子がまるでキャンプファイヤーのようでこう呼ばれるらしいです。日本人のチームでもたまに譲り合っているのを見ることはありますが、アメリカ人の選手曰く「It’s very American!! ディフェンスが得意じゃないアメリカ人のチームでは良く見る! 逆に日本のチームってディフェンス上手いからあまり見ないよね」らしいです。

“Break out of the comfort zone”
→「コンフォートゾーンから抜け出せ」

(※外国籍コーチがよく言っていた言葉)

当時同じバレーボールチームに所属していた外国籍コーチが、選手によく伝えていました。「“コンフォートゾーン=自分の心地いい環境”にいつも浸っていては、成長が止まってしまう。時には自分の成長の為に緊張する事、ルーティーンとは違う事に挑戦してみるのも大切だよ」と言っていました。いつも10時からの練習をたまには早朝の6時に開始してみたり、ウォーミングアップの内容を変えてみたり、予想出来ない提案をこのコーチは沢山してくれていました。

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佐々木真理絵
佐々木真理絵Marie Sasaki

大学卒業後、一般企業への就職を経て、2013年 日本プロバスケットボールリーグチーム「大阪エヴェッサ」の通訳兼マネージャーとなる。バスケットボールチーム、バレーボールチームで経験を積みながら猛勉強し、現在はフリーランスのスポーツ通訳者として活動中。世界バレーなどの大会での通訳のほか、NCAAバレーボール日本遠征、日本の大学生チームの海外遠征、スキークロスFISカップ ヨーロッパ遠征などへの帯同も行う。