2024.11.01 UP
第5回 副大統領討論会とハリス氏メディア・インタビュー
放送通訳者としてCNNや民放で活躍する柴原早苗さんは、アメリカ大統領選のニュースや就任演説の通訳も多数担当してきました。
「放送通訳者」の視点からとらえたアメリカ大統領選挙の話題や選挙に関わる英語表現などを紹介します。
みなさん、こんにちは!放送通訳者の柴原早苗です。アメリカ大統領選挙の投票日まであと数日となりました。
今回の大統領選挙について、CNNでよく出てくるのが“Once in a lifetime”という表現。そう、「一生に一度」と言えるほど、アメリカ国民にとって、いえ、世界全体にとって大きな意味合いを持つと言えるのですよね。ここ数カ月を振り返ってみると、トランプ前大統領(共和党大統領候補)とバイデン現大統領(民主党候補)の戦いではトランプ氏が優勢であり、その後、バイデン氏の選挙戦撤退からハリス副大統領が浮上して、ハリス旋風に。ところが、トランプ氏暗殺未遂事件でトランプ氏の人気が高まり、民主党大会では再びハリス陣営が勢いをつけました。乱高下の激しい選挙戦であったのです。最後の最後まで、どうなるのか見えなくなっています。
副大統領候補者討論会
第5回の本稿で取り上げるのは10月2日(米国現地時間)におこなわれた副大統領候補者討論会です。主催はCBSニュース。登壇者はJDヴァンス共和党副大統領候補とティム・ウォルズ民主党副大統領候補です。
(オリジナル映像)
https://www.cbsnews.com/news/full-vp-debate-transcript-walz-vance-2024/
(英文スクリプト)
今回の司会を務めたのはCBSの女性キャスター2名。画面左側に着席のNorah O’Donnellは“CBS Evening News”のアンカーを務めています(ちなみに“CBS Evening News”は数年前までTBSのCS放送〔24時間ニュースチャンネル:TBS NEWS〕で日本語同時通訳付きが放映されており、私もかつて担当しておりました)。一方、右側のMargaret BrennanはCBSの看板番組“Face the Nation”のアンカーです。CBSがベテラン女性キャスター2名を投入したのもアメリカらしいと言えるでしょう。
さて、今回私自身は副大統領候補者討論会の同時通訳を担当しなかったのですが、討論会後の各種報道を見ると、「激しい論戦が展開された」という点で一致しています。移民や経済、中絶、中東情勢など幅広いテーマで双方が舌戦を交わしていたからです。まともな政策論争という意味では、トランプVSハリス討論会より有権者にとっては具体策が見えやすかったと言えるでしょう。
とは言え、アメリカの有権者が投票するのは「大統領」であり、「副大統領」ではありません。よって、副大統領候補者討論会の位置づけは、“do no harm”、つまり「害を与えない」というもの。副大統領候補者が討論会で大統領候補にとってプラスになるようなパフォーマンスをすれば良し。逆にヘマをしてしまえば選挙戦にharm(害)を与えてしまうのですよね。討論会後におこなわれた副大統領候補者それぞれの「出来具合評価」の世論調査では、「ヴァンス氏の方が良かった」と答えた視聴者は51%、「ウォルズ氏の方が良かった」は49%でした。よって、ほぼ互角であったと報じられています。今回の大統領選挙では「圧倒的に強い政党・候補者」がおらず、非常に拮抗しているのが特徴であることがわかります。
ハリス氏のメディア・インタビュー
今回のように突出した結果が見えない中、次に注目されたのがハリス氏の動きでした。トランプ陣営は先のトランプVSハリス討論会の前後から、ハリス氏のとある点について攻撃を続けていたのです。それは「ハリス氏はメディア・インタビューも記者会見もしていない」というものでした。選挙集会であれば、ステージの両側に演説原稿がスクリーン投影されますので、それを読み、説得力あふれる「演説」ができます。トランプ側にしてみれば、「カンニングペーパーが無いとハリス氏は何も話せない」というわけです。「ハリス氏はメディアからの質問や追究が怖いから、インタビューを受けていない」と繰り返し非難していました。
これはハリス陣営にとって、いわばアキレス腱です。「メディアから逃げている」という見方が強くなれば、それはアメリカ合衆国大統領(=軍の最高司令官)として必要な「強さ」が欠けているということにつながります。よって、ハリス氏も自身の討論会直後から「時間が来たらインタビューを受ける」と繰り返し述べるようになりました。そして単独会見をおこなうなど、精力的にメディアに出るようになったのです。
ハリス氏のCNNタウンホール・ミーティング
そのような中、私が通訳を担当したのが10月23日(現地時間)におこなわれた対話集会(Town Hall Meeting)でした。主催はCNNで、名司会者Anderson Cooperが進行役を務めています。対話集会は、会場に有権者を集め、候補者に直接質問を投げかけるというもの。大統領選挙ではよく実施されています。今回の会場は激戦州ペンシルベニア州でした。アンダーソンから指名された質問者が起立してハリス氏に対し質問を投げかける、というスタイルで行われました。
当初CNNでは「第2回トランプVSハリス討論会」を企画していました。しかし、トランプ氏が断ったため、対話集会という位置づけになり、ハリス氏のみが参加したのです。提示された質問は、やはり経済や移民、中絶など政策分野が多く見受けられました。中でも討論会後に大きく報じられたのが、ハリス氏による「トランプ氏はファシストだと思う」という発言です。
(3分40秒過ぎあたりから)
これまでトランプ氏の人格などについては抑え気味だったハリス氏ですが、世論調査などでデッドヒート状態であることから、少しずつ語調を強めて行ったことが把握できます。
なお、今回の対話集会の動画はCNNの方で7パートに分割してYou Tubeにアップされています。気になる方はぜひYou Tubeの検索画面で“Harris CNN Town Hall 2024”と入れて探してみてくださいね。また、動画サイトにはダイジェスト版もあります。検索の際には“key takeaways”(重要ポイント)や“must-watch moments”(必見場面)などの語を入れると絞り込めます。
対話集会全体の英文スクリプトはこちらです(全部で2パート):
https://transcripts.cnn.com/show/se/date/2024-10-23/segment/01
https://transcripts.cnn.com/show/se/date/2024-10-23/segment/02
今回の注目発言
さて、今回私が同時通訳をした際、印象的だった箇所をご紹介します。参加者から「悲しみ(grief)」について問われた際のハリス氏の答えです。ハリス氏は、研究者であったインド出身の母を敬愛していました。しかし2009年にガンで亡くしています。副大統領に就任する遥か前のことでした。
対話集会でハリス氏は、「(最愛の人を失った)悲しみは止まらない」と述べ、「自分の悲しみを抑えてはいけない」とも語りました。そして、悲嘆にくれる当事者の周りにいる人に対し、こう述べています:
“And the rest of us should give them grace to go through it as they will.”
この部分を自動翻訳機にかけると、以下のようになります:
「そして、他の人たちは、彼らがそうするように、それを通過する恵みを与えるべきです。」
私が同時通訳中のわずか一瞬の間でこだわったのが、graceという単語でした。辞書を引くと「善意、慈悲、親切」などと出ています。しかもこの文章には代名詞が3回も登場します(us, them, they)。この代名詞をいちいち訳してしまうと、とても間に合いません。
この文章から私が脳内にイメージしたのは、「悲嘆にくれる人のそばにいる人は、どのような態度をとるであろうか?」というものでした。そして、出てきた訳語がこちらでした:
「周りの人が寄り添う、ということだと思いますよ。」
原文と比べるとかなり短い意訳です。しかし、ハリス氏はこの後も話し続けていたため、躊躇したり、長めの訳文を作ったりというのは私としては避けたかったのですね。私の頭の中では「寄り添っている人」の情景が浮かんだため、このような訳文になったのでした。
「悲しみ(grief)」について述べている動画はアンダーソンのインスタグラムに残ってるようです:
英文スクリプトはこちら:
https://transcripts.cnn.com/show/se/date/2024-10-23/segment/01
大統領選 直近のスケジュール
投開票はいよいよ11月5日火曜日(現地時間)で、日本でも中継がなされる予定です。私も日本時間の6日水曜日、担当することになっています。とにかくギリギリまで何が起こるのかわからないのが今回の大統領選挙。勝利宣言をどちらがおこなうのか、はたまた、スムーズに選挙結果の発表となるのかどうか、予断を許さない状況です。
【2024年 アメリカ大統領選 スケジュール(予定)】
(日付は米国時間)
2024年
6月27日 第1回 大統領候補者テレビ討論会 (CNN)
7月15日~18日 共和党全国大会
8月19日~22日 民主党全国大会
9月10日 第2回 大統領候補者テレビ討論会 (ABC)
10月1日 副大統領候補者討論会(CBS)
11月5日 大統領選投開票
2025年
1月6日 連邦議会の上下両院合同会議で大統領を正式選出
1月20日 次期大統領就任式
次回の本コラムでは、投開票日の様子についてご紹介していきます。どうぞお楽しみに!
みなさまからのフィードバックも引き続き募集しています。疑問、コメントなど何でも結構です。
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★前回のコラム
放送通訳・同時通訳者。獨協大学およびISSインスティテュート講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールドを経て現在はCNNおよび民放局で放送通訳業に携わる。近年では米大統領選、ノーベル賞、エリザベス女王国葬、テニスATPカップ、G7広島サミット記者会見、ノーベル平和賞受賞ユヌス博士、国会議員連盟の通訳などに従事。