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2024.09.30 UP

第3回 大統領選「民主党全国大会」での通訳

第3回 大統領選「民主党全国大会」での通訳

放送通訳者としてCNNや民放で活躍する柴原早苗さんは、アメリカ大統領選のニュースや就任演説の通訳も多数担当してきました。
「放送通訳者」の視点からとらえたアメリカ大統領選挙の話題や選挙に関わる英語表現などを紹介します。

みなさん、こんにちは!放送通訳者の柴原早苗です。アメリカ大統領選挙の投票日は現地時間の11月5日火曜日。時差がありますので日本時間では11月6日水曜日となります。ちなみになぜ平日の火曜日なのかと言うと、これは長い歴史から来ているのですね。アメリカは何しろ広大な国。昔のアメリカにはキリスト教の農業従事者が多く、日曜日は安息日であり、しかも秋は収穫期でした。よって、「日曜日が投票日」というのは有権者が投票所に行くことからしても物理的に難しかったのです。そこで大統領選や連邦議会選挙は「11月第1月曜日のあとの火曜日」と法律で定められたのでした。

さて、刻々と本番に迫る中、第3回の本稿で焦点をあてるのは、8月中旬におこなわれた「民主党全国大会」です。

正副大統領候補が指名される全国大会

最近のアメリカ大統領選を振り返ると、構図としては「共和党 (The Republican Party)」と「民主党(The Democratic Party)」の二大政党間の戦いです。大統領選挙は4年に一回行われ、実施年はオリンピックと同じ。よって放送通訳者にとっては夏の五輪・パラリンピック、そして秋の大統領選挙と続きます。なかなかの繁忙期でもあるのですね。ちなみにアメリカの中間選挙は「大統領選挙の2年後」の実施。直近では2022年におこなわれ、次は2026年です。中間選挙年はサッカーワールドカップの年でもあります。スポーツと政治がシンクロするのです。

さて、共和党と民主党は主義主張で大きくカラーが異なります。ざっくり分けると共和党は保守的、民主党はリベラルです。大統領選挙の仕組みは実に複雑なので、詳細はここでは割愛しますが、インターネットでリサーチするとわかりやすいコンテンツが多数ヒットします。興味のある方はぜひ検索してみてください。ちなみに私は通訳業務のリサーチ時にはグーグルの検索ワードに「仕組み」という語を加え、「画像検索」で絞り込むことがよくあります。こうすることでわかりやすいチャートがヒットしやすくなります。

大統領選挙では各政党が候補者を絞り込んでいきます。そして選挙年の夏に各政党が全国大会を開催し、その場で正式な候補者を決定するのです。共和党全国大会(RNC: The Republican National Convention)が開催されたのは7月中旬。トランプ氏暗殺未遂事件の直後でした。一方、民主党全国大会(DNC: The Democratic National Convention)は8月中旬の開催。カマラ・ハリス副大統領とミネソタ州のティム・ウォルズ知事が、正副大統領候補に指名されました。

感情のこもった言葉を ~1秒での判断~

民主党全国大会の同時通訳で私が印象的に感じたフレーズを2つご紹介します。

(1) “Hope, Gus, and Gwen, you are my entire world. And I love you.”

これはウォルズ知事が党大会のステージから家族に向けて述べたことばです。娘のホープさん、息子のガス君、そして妻のグウェンさんに呼びかけたものでした。これを翻訳サイトで訳せば、以下のようになります:

「ホープ、ガス、そしてグウェン、あなたたちは私の世界のすべてです。そして私はあなたたちを愛しています。」

一方、同時通訳の際、私はあえて次のように訳しました:

「ホープ、ガス、グウェン、君たちは僕のすべてだ。本当にっ!!ありがとう!」

原文とは異なりますよね。でもこれには理由があります。日本の文化的価値観、そして日本語ということばの特徴ゆえです。まず、文化的価値観からすると、日本では「愛」という概念が西洋ほど強くありません。キリスト教に出てくる「愛」は、日本の場合、恋人同士でこそ使いますが、親子やペットに対して「愛しているよ」とは言わないのです。考えてみてください。みなさんのご両親から「愛しているよ」と言われたらどうですか?ちょっと引きませんか?そうした背景から、私はこの“I love you”は「感謝」と解釈し、「本当にっ!!」と「ありがとう!」を力を込めて発声したのでした。家族間ですので、「ですます調」ではなく「すべてだ」としたのも、私なりのこだわりです。

(2) “That’s my dad!”

このフレーズを述べたのはウォルズ知事の息子ガス君です。ガス君は現在17歳。学習障害やADHDがあることを、党大会前にウォルズ夫妻はインタビューで公表していました。そのガス君は、先の(1)でご紹介したことばを父親のウォルズ氏が舞台で述べるのを聞くや、感激のあまり客席から立ち上がったのです。そして舞台を指さし、涙ながらに“That’s my dad!”と口のしたのでした。その様子はテレビカメラにとらえられ、またたくまにSNSで拡散され、多くの感動を呼び起こしました。CNNもこの話題を何度も取り上げています。

この3単語からなる英文を同時通訳する際、私の頭の中では以下の考えが浮かびました:

●ガス君は17歳。よって“dad”の訳は「パパ」「ダディ」だと幼過ぎるし、「オヤジ」では日本語くさすぎる。「父親」は訳語としては使えるかも。でもちょっと距離感がある単語
●“my”は辞書を引けば「わたし、わたくし、おれ、自分」などだが、ガス君はまだ高校生なので、「わたし、わたくし」は違和感。「おれ」は放送通訳として使うのは気が引ける

そこで以下のように訳したのです:

「うちのお父さんだよ!」

感涙の表情を見せ、客席から立ち上がり、父ウォルズ氏を指さしながら述べたガス君です。日本では自分の家族について語る際、「うちの親」「うちの子」などと言いますよね。よって、私は瞬時に「うちのお父さんだよ!」と訳したのでした。ガス君のあふれる思いを考えると、ここは「ですます調」ではなく、「だよ!」以外、私には考えられませんでした。この訳文が出るまで1秒も無かったと思います。

大統領選 直近のスケジュール

さあ、投開票まであとわずかとなりました。次の大きな目玉は10月1日に予定されている副大統領候補者討論会。アメリカCBSが実施予定です。こちらについても、追ってご紹介します。

【2024年 アメリカ大統領選 スケジュール(予定)】
(日付は米国時間)

2024年
6月27日 第1回 大統領候補者テレビ討論会 (CNN)
7月15日~18日  共和党全国大会
8月19日~22日  民主党全国大会
9月10日  第2回 大統領候補者テレビ討論会 (ABC)
10月1日 副大統領候補者討論会(CBS)
11月5日  大統領選投開票

2025年
1月6日  連邦議会の上下両院合同会議で大統領を正式選出
1月20日  次期大統領就任式


以上、第3回の本稿では民主党全国大会についてお伝えしました。同時通訳は、「じっくりと腰を据えて辞書を引きながら訳語を厳選すること」が一切できない仕事です。私の場合、それまでの自分の人生や価値観、ことばに対する思いなどがすべて反映されるのが同時通訳だと感じています。絶対的正解が無いこの世界。よって私はいつも「ことば」に思いをはせています。そしてそれが楽しいからこそ、長年この仕事を続けることができたのだと思っています。

次回の本稿では、9月に実施された「トランプVSハリス大統領候補者討論会」についてお届けします。お楽しみに!

みなさまからのフィードバックも引き続き募集しています。疑問、コメントなど何でも結構です。
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★前回のコラム

放送通訳者 柴原早苗
放送通訳者 柴原早苗Sanae Shibahara

放送通訳・同時通訳者。獨協大学およびISSインスティテュート講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールドを経て現在はCNNおよび民放局で放送通訳業に携わる。近年では米大統領選、ノーベル賞、エリザベス女王国葬、テニスATPカップ、G7広島サミット記者会見、ノーベル平和賞受賞ユヌス博士、国会議員連盟の通訳などに従事。