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2024.08.14 UP

【新連載】第1回 大統領選の担当通訳者はどう決める?

【新連載】第1回 大統領選の担当通訳者はどう決める?

放送通訳者としてCNNや民放で活躍する柴原早苗さんは、アメリカ大統領選のニュースや就任演説の通訳も多数担当してきました。
「放送通訳者」の視点からとらえたアメリカ大統領選挙の話題や選挙に関わる英語表現などを紹介します。

みなさん、こんにちは!放送通訳者の柴原早苗です。私は現在、CNNをメインに民放などで放送通訳業に携わっています。このコラムのテーマはズバリ、アメリカ大統領選挙! 2024年11月の投票を前に、今、話題になっていますよね。

そこで「放送通訳者」としてとらえた米国大統領選挙の話題を中心に、業界の話題、英語表現などさまざまな観点から綴ってまいります。よろしくお願いいたします。

アメリカ大統領選挙の通訳経験

私は1998年から放送通訳に携わっており、大統領選関連では2000年(ブッシュ)、04年(ブッシュ)、08年(オバマ)、12年(オバマ)、16年(トランプ)、そして20年(バイデン)の際に通訳を務めました。

私の場合、1998年〜02年はロンドンのBBCワールドでフルタイムの放送通訳者を務めており、番組内の選挙ニュースで通訳を担当、その後はフリーランスとして、CNNをメインに通訳してきました。内容としては、討論会、投票日当日などの担当経験があります。

今回の大統領選に関しては、2024年6月27日(米国時間)の民主党・バイデン大統領と共和党・トランプ前大統領のテレビ討論会の同時通訳を3名体制で行いました。
また、7月25日(日本時間)にバイデン大統領が選挙戦撤退表明を行った際の同通も担当しています。

ちなみに、この数年で動画を配信するテレビ局が増えたことで、放送通訳者の声が入った動画が残るケースも目立っています。
以下はバイデン大統領が選挙戦撤退表明を行った演説です。2名体制で同時通訳を担当しました。


【同通ノーカット】バイデン大統領演説 選挙戦「撤退」を説明 「タフで有能」カマラ・ハリス氏支持を表明(2024年7月25日)(TBS NEWS DIG Powered by JNN)
※柴原さんの通訳は前半

なお、大統領選のスケジュールは下記の通りです(2024年8月15日時点)。

【2024年 アメリカ大統領選 スケジュール(予定)】
(日付は米国時間)

2024年
6月27日 第1回 大統領候補者テレビ討論会 (CNN)
7月15日~18日  共和党全国大会
8月19日~22日  民主党全国大会
9月10日  第2回 大統領候補者テレビ討論会 (ABC)
10月1日 副大統領候補者討論会(CBS)
11月5日  大統領選投開票

2025年
1月6日  連邦議会の上下両院合同会議で大統領を正式選出
1月20日  次期大統領就任式

担当する放送通訳者はどう決める?

さて、今回のテーマは「担当通訳者、どうやって決める?」ですが、2つのパターンがあります。

(1)CNNの場合
私が日ごろ携わっているCNNは複数の放送通訳者がエージェント(人材派遣会社)に登録しており、毎月、シフト希望表を提出すると、コーディネーターからアサインメント表(担当表)が送られてきます。1シフトはおおむね3時間で、2名の通訳者で担当するのです。
00分から29分までを前半担当者が、30分から59分までを後半担当者が通訳をつけていきます。

放送通訳業界では、放送通訳専業者もいれば、私のように会議通訳や講師業などを兼業するタイプもいます。よって、「たまたま自分が放送通訳担当日」に、「偶然大きな記者会見が入ってきた」というパターンはよくあるケース。事件・事故も同様です。何が飛び出すかわからないのがニュースの世界です。
たとえば私などシフト数日前になって「わっ! この日は大統領選討論会っ!」と焦ることもあるのですよね。自分の出社日に世界でどのようなイベントが控えているかを事前に把握しておくことも必要です。

(2)民放の場合
NHKは基本的に自社の通訳スクール修了生が放送通訳を担当しています。一方、民放各局はエージェントに発注します。私はいくつかのエージェントに登録しており、業務発生と同時にエージェントから連絡が届きます。

CNNの月間担当スケジュールは前月の段階ですでに決まっており、空いている日に民放の依頼があればお引き受けします。もし民放で私の同時通訳が流れているとすれば、それは私のスケジュールが空いていたから、ということになります。

通訳者の役割分担と交代のタイミング

大統領選挙では討論会や指名受託演説、記者会見などが民放で放映されることがあります。その場合、2名か3名の通訳者で担当するのですが、何分の長さで交代するかは現場で決めることがほとんどです。
非常に集中力が求められる仕事ですので、たいていは5分か10分ぐらいで交代。同通ブースでは交代の際に挙手をして相手に合図を送り、自分のマイクのスイッチをオンにして訳し始めます。キリの良いところで交代するほうがスムーズに進みますので、たとえば「5分」と決めていても、多少の前後はアリです。

一方、大統領候補者討論会の場合は、「共和党の候補者」「民主党の候補者」「司会者」の3名(司会者2名ということも)から成り立ちます。もし放送通訳者が3名アサインされた場合、誰がどの人の通訳を担当するのかを決める必要があります。この場合、あらかじめエージェントが担当通訳者を割り振ることもありますし、現場でジャンケンで決めることもあります。

ちなみに6月末に私が民放で担当した「トランプ氏VSバイデン氏テレビ討論会」では、エージェントの意向でトランプ・バイデン両氏の担当の決め方は通訳者に一任されました。そこで、通訳者同士で事前にジャンケンをした結果、私がトランプ氏を担当することとなったのでした。

本番当日ではなく、事前に担当を決めておく最大のメリットは、予習ができることです。トランプ氏を担当することがわかった時点で、氏が述べそうな論点や過去の発言、話し方の特徴などを動画サイトで予習することができました。
たとえばトランプ氏の場合、「自分が政権を担っていた時代のアメリカがいかに良かったか」「不法移民が来ているからアメリカは悪くなった」など、これまで何度も繰り返してきた論点があります。バイデン氏との討論会でも一貫してこのようなメッセージが出てきましたので、何を述べるかを事前に把握しておくことは非常に重要でした。

なお、私がトランプ氏を担当する上で意識したのは、氏の「声のトーン」です。おだやかに和訳し過ぎてしまうと、トランプ氏の勢いが薄まってしまいます。氏が国民に見せようとしているのは、強い自分の姿ですので、同時通訳の際にもお腹にチカラを入れ、覇気のある声にするよう心がけました。
また、トランプ氏がもし日本語話者であれば、「私(わたくし)」よりも「我々(われわれ)」ということばを使う感じがします。ですので、本番中も極力「わたくし」は使わないように意識しました。

いずれにせよ、通訳の世界はとにかく準備がすべてです。


いかがでしたか? 第1回ではアメリカ大統領選挙関連の放送通訳現場および担当通訳者の決め方についてお話してきました。このコラムをきっかけに一人でも多くの方がアメリカ大統領選挙に関心を抱き、放送通訳の世界を知っていただければ幸いです。

なお、本コラムは2025年1月の大統領選就任演説前後まで継続する、短期集中連載です。もし読者のみなさんのほうでリクエストや疑問などがありましたら、編集部あてにお知らせください。みなさまからのフィードバック、お待ちしております! 

放送通訳者 柴原早苗
放送通訳者 柴原早苗Sanae Shibahara

放送通訳・同時通訳者。獨協大学およびISSインスティテュート講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールドを経て現在はCNNおよび民放局で放送通訳業に携わる。近年では米大統領選、ノーベル賞、エリザベス女王国葬、テニスATPカップ、G7広島サミット記者会見、ノーベル平和賞受賞ユヌス博士、国会議員連盟の通訳などに従事。