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2024.05.24 UP

第7回 英語における「マルハラ」とは? テキストコミュニケーションに関する英語表現

第7回 英語における「マルハラ」とは? テキストコミュニケーションに関する英語表現

長年にわたり国際会議での各国首脳の通訳をはじめ、国際訴訟・裁判、オリンピックなどで活躍されてきたベテラン通訳者の右田アンドリュー・ミーハンさんが、最新の時事ニュースや、エンタメ、スポーツ、カルチャーなど旬なトピックスに関する英語表現を解説。
知っているとビジネスや国際交流で役立つ&おもしろい! そんな英語の知識をお伝えします。

英語でも「マルハラ」に似たことが起きている!?

通訳・翻訳会社ミーハングループの右田アンドリュー・ミーハンです。本コラム「通訳者がレクチャー!最新ニュースで学ぶ英語表現」では、月に1度、ニュースやスポーツ、エンタメなど、その時々の旬な情報に関連した英語表現を紹介しています。

第7回目のテーマは「マルハラ」。少し前にメディアを賑わせた話題なのでご存知の方もいらっしゃると思いますが、実は英語の世界にも「マルハラ」に似たケースがあるんです。今回は「マルハラ」及び英語のやり取りでも気をつけたいマナーや、英語でのテキストコミュニケーションで気をつけたいことなどを、英語表現も含めてご紹介したいと思います。

「マルハラ /マルハラスメント」とは

近年は仕事のやり取り、特に社内でのやり取りの場合、メールではなくチャット・アプリを使う企業が増えています。このチャット・アプリなどのやり取りで、テキストの最後に「。」をつけると、相手に威圧感や冷たい印象、怒っているような印象を与えることが「マルハラ / マルハラスメント」と呼ばれています。

[参考記事]
文末の句点に恐怖心? 若者が感じる「マルハラスメント」SNS時代の対処法は(2024年02月06日 ITmedia NEWS)
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2402/06/news162.html

この「マルハラ」は、テレビなどでも取り上げられたので、ご存知の方も多いかも知れません。


赤い「!」はNG LINEの世代間ギャップ 「。」は“威圧感” 「マルハラスメント」で議論沸騰(RCC NEWS DIG Powered by JNN)

「マルハラ」は異なる世代によるコミュニケーション・ツールの使い方の違いに起因しているようで、「。」だけでなく「、」「!」の使い方なども含まれる場合もあるとか。
また、年齢層が高め=会社では上役となる世代と、若者世代ではチャット・アプリ等で送る文章の量や、絵文字の使い方の違いもあり、コチラは「おじさん構文 / おばさん構文」などと呼ばれています。

[参考記事]
「おじさん」の次は「おばさん構文」がやり玉に LINEを巡る世代間ギャップの背景(2023年11月8日 産経新聞)
https://www.sankei.com/article/20231108-D73CTCW4KRA4HLOZDTCLRP2U6A/

英語世界での「マルハラ」

「マルハラ / マルハラスメント」は、「。」を使うことで相手を不快な気分にさせることを意味しますが、英語ではこのようなことは ハラスメント / harassment だけではなく triggering という言葉を使って表現されることも多いです。
これは triggering emotions / emotional triggers つまり「気に触るような / 癇に障るような」行為・発言等を意味します。

*参考記事:emotional trigger について

An emotional trigger is anything — including memories, experiences, or events — that sparks an intense emotional reaction, regardless of your current mood.
Emotional triggers are associated with post-traumatic stress disorder (PTSD).

from the article “How to Identify and Manage Your Emotional Triggers” (November 13, 2020, Healthline media)
https://www.healthline.com/health/mental-health/emotional-triggers

日本語で「。」は、文章が終わった事を意味する句読点ですが、英語の場合はピリオド / period が同様の役割を果たします。このピリオドについても、チャット・アプリでの会話などで使用すると「これで会話は終わり!」と言ったニュアンスを含む場合もあるとか。

*参考記事:period の使い方について

Think of a mother using her son’s full name when issuing a stern ultimatum. Or of an upset lover speaking to a partner in a cool, professional tone, withholding intimate silliness and warmth to convey frustration. People gain and express interpersonal comfort through unpolished self-presentation, and acting (or writing) too formally comes off as cold, distant, or passive-aggressive.

from the article “No More Periods When Texting. Period.” (June 29, 2021, The New York Times)
https://www.nytimes.com/2021/06/29/crosswords/texting-punctuation-period.html

あまりに正しい文法や文章からは、親密さが感じられない場合があります。日本語で言うと、ずうっと敬語で話されているような感じと言ったら伝わるでしょうか。

そのような理屈から、チャットでの会話でテキストの最後にピリオドが打たれると「それ以上 返信をするな / それ以上 何も言わせない空気感 / 忙しいからもういいよね? 的なニュアンス / これで会話は終了と言った冷たいニュアンス / 怒っているような感じ」を感じる人もいるとのこと。

特に絵文字 / Emoji などを全く使わないと、余計にそういった印象を与えてしまうようです。とは言え、全員が全員、その様な印象を持つわけでもありませんし、逆に仕事の話で絵文字を使うと「不真面目 / 真剣味が足りない」と感じる人も居るので、難しいところです。

また英語の場合 ALL CAPS / すべてを大文字で書くと「怒鳴っている」ニュアンスになる場合もあるので、注意が必要です。

世代におけるコミュニケーション・ツールの捉え方の違い?

日本でも英語でも「マルハラ」的な問題は、世代におけるコミュニケーション・ツールの捉え方の違いや、ルールやマナーの違いに起因する問題のように説明される事が多いですが、実は一概にそうとも言い切れません。なぜなら、これらのルールやマナーは、業界やコミュニケーションを取っているグループ、または状況によっても、異なる場合があるからです。

例えば 政府系の仕事をしている人や弁護士など 硬めの仕事をしている人は、対外的なやり取りで絵文字を使ったりはしません。とは言え、これも 社内でのやり取りの場合は事情が異なりますし、コミュニケーションを行うツールや、その人の性格によっても異なります。

また、ALL CAPS / すべてを大文字で書くと「怒鳴っている」ニュアンスになる場合があると先ほど紹介しましたが、著名なファッション・デザイナー Rick Owens / リック・オウエンスは、テキストをいつもすべて大文字で書くことで知られています。

*参考記事:Rick Owens について

RICK, I WRITE TO YOU IN YOUR NATIVE CAPS LOCK.
THX! I MEAN IT AS CHEERFUL PROCLAMATIONS NOT SHOUTING *

from the article “Chatting in Caps Lock With Rick Owens” (January 21, 2022 GQ)
https://www.gq.com/story/rick-owens-headlight-interview

結局、どのようなコミュニケーション・ツールを使ってやり取りするにしても、相手に不快な想いをさせない=ハラスメントと思われるような行為をしない為には、まずは相手との信頼関係をキチンと築き、相手に合わせた対応を柔軟にすることが大事な気がします。

英語にも丁寧な表現はある

日本語の敬語には「丁寧語」「尊敬語」「謙譲語」があり、その使い分けはかなり複雑です。またビジネスの場や公の場では、人や業界にもよりますが、概ね単刀直入な言い方より、婉曲な言い方が好まれます。

それに対して英語は、日本語よりも敬語表現が少なく、ダイレクトな表現が多いと言われていますが、実はコレもまた、人や業界、状況、または国によります。しかし日本語の敬語ほど複雑ではないにせよ、やはりビジネスの場に適した表現、適さない表現、丁寧な言い回し、相手に好印象を残す話し方や書き方というものは存在します。

ただ、もちろん日本とは文化が違うので、日本語の丁寧な表現をそのまま訳しても、相手に伝わらなかったり、誤解を生んだり、酷い場合は不快感を与える事もあります。ですので、通訳者・翻訳者は そのギャップを埋めるべく、空気を読んだり、対象国の文化や、ビジネス文化、交渉の文化を頭に置いた上で、日々奮闘しているわけです。

気をつけたい敬称の書き方

日本語でビジネスメールなどを送る場合、文章の前に相手の名前を「△△会社 ■■部 部長 〇〇様」や、「〇〇様」と書きますが、英語の場合も同様です。

男性の場合は Mr. 女性の場合は Ms. が一般的な敬称になります。また日本と同じように職種による肩書を使用する場合もあります。医師や博士号の資格を持っている人の場合は Doctor の略記 Dr. 教授の場合は Professor または略記 Prof. が性別関係なく使えます。

しかし、性別がわからない場合、または相手が望む敬称が不明の場合、間違った敬称を使用してしまうと初っ端から印象を悪くする可能性があります。

ですので現在は、ジェンダーニュートラルな状況も反映して Dear ○○(相手のフルネーム)、または既にやり取りがある、知っている相手の場合は相手の望む敬称をつけるか、 Hello ○○(相手のフルネーム / 相手のファーストネーム) と書くことが一般的になりつつあります。

ジェンダーニュートラルな敬称としては Mx. があるのですが、これは業界にもよりますが、一般的にはあまり使用されていません。言葉や表現は時代によりアップデートされます。そのようなことに敏感に対応すると、相手に好印象を与える場合が多いですが、時として旧い価値観を大事にする人もいますから、そこは注意が必要です。

オンラインコミュニケーションでの挨拶

ビジネスの場で、メールやテキストでやり取りする場合、日本では本題に入る前に「いつもお世話になっております」「(社内の場合は)お疲れ様です」と言った定型の挨拶を書く事は一般的ですが、英語でメールやテキストを送る場合、こういった「定型の挨拶」は特にありません

あるとすれば、本文に入る前に名前と共に、丁寧な場合は Dear 、一般的な感じであれば Hello 、親しい間柄なら Hi と書き添えるくらいでしょうか。それ以外の挨拶を書く場合は、関係性や状況によって変わりますが、いわゆる「挨拶」を書かなければならないと言うルールはありませんし、書かなくても失礼には当たりません。

一般的には、書いたとしても

Dear 〇〇 I hope all is well with you. / Dear 〇〇 Hope you are well.

程度です。日本の正式な文章の冒頭にある様な「○○様におかれましては、ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。」なんてことを書くと、「連絡してきた目的はナニ?」と思われることもあります。挨拶は簡潔に、それが英語のテキスト(オンライン)コミュニケーションのマナーです。

チャットやメッセンジャーの場合は、メールよりもさらに簡潔にやり取りする事が求められるのは、英語でも日本語でも同じかと思います。しかし、いくら英語だからと言って Hello も Hi もナシでは、相手から嫌がられます(もちろん親しい間柄であれば、話は別ですが。それでも普通は Hi くらいは付けます)

それ以外で気をつけたい点は、例えば対面で実際に会った事がない相手の場合、アイコンに使われている写真が若かったり、おもしろい写真だったとしたとしても、真面目な要件で連絡するのであれば、丁寧な言葉遣いは必須です。なぜなら、アイコンの写真=実際の相手の年齢や性格を反映しているとは限らないからです。

また省略語や、若者言葉(流行している表現)を使うのも危険です。例えばオンラインで to You の事を 2U と書いたり、In my opinion IMO と書いたりしますが、コレをビジネス的なやり取りで使う事は、親しい間柄でなければ避けた方が良いでしょう。相手が明らかにその略語/略表記を知っている場合以外は、業界用語的な略語も同様です。

チャットやメッセージだと、ついカジュアルな英語になりがちですが、自分から「カジュアルな英語で書き出さない」ことは大切です。相手がカジュアルな英語でメッセージをして来たら、それに合わせた形で返すのは良いですが、必要以上にカジュアルになりすぎない注意も必要です。

 

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右田アンドリュー・ミーハン
右田アンドリュー・ミーハンAndrew Migita-Meehan

株式会社ミーハングループ代表。米アリゾナ大学を卒業後、住友銀行ニューヨーク支店に入社。1994年より翻訳者・通訳者としての活動を開始。ニューヨーク、ワシントンDCで住商事件(1997-2001)、山一證券破綻事件(1998-1999)等、大型訴訟案件の通訳・翻訳を担当。2004年より日本を拠点とし、数多くの国際会議、国際訴訟・裁判、オリンピック等で通訳を務める。また翻訳者、スクール・大学院講師としても活躍中。
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