
会議通訳者、兼、スポーツ通訳者として活躍されている、平井美樹さんによる連載コラム!
日本スケート連盟の通訳者として数多くのフィギュアスケートの大会で通訳を務めるほか、五輪やサッカーW杯、ラグビーW杯にも通訳として関わる平井さんが、フィギュアをはじめとするスポーツの通訳の仕事について語ります。
創作現場での通訳から学べること
クリエイティブな領域でも通訳者は活躍している!
スポーツとはすこし違う文脈かもしれませんが、さまざまな創作活動の通訳はこれまた難しいものがあります。
これまで、スケートや舞踊の振り付けに立ち会って通訳をしたり、コンサートや舞台で活躍する方や、写真家など表現者たちの通訳をしたりすることもありました。こういった経験も、スポーツの現場で特に生かせるものとなっています。
多くのスタッフが携わって作り上げる舞台での、舞台監督などのリーダーの指示や、細かいところまでの調整、こういったことを通訳する際、いつも自分の表現力の限界を感じています。かれらの意図するニュアンスがなんとなくわかったとしても、それを表現する言葉が限られてしまい、伝わり切らないと悔しい思いをします。

最近、ある舞台作品の打ち合わせを通訳したときのことです。
私は海外の振付師の方に向けて、日本側の制作陣が話している複雑な舞台の動きや表現について、必死に同時通訳をしていました。日本の芸能と現代的な舞踊と、ありとあらゆる要素が絡む作品だったので、訳す側としては、日本の芸能の独特な表現を下調べしてのぞみますが、英語の訳語が存在しないため、ひとつひとつ噛み砕いて説明を試みました。
映像と音楽も交えて話し合いが進むので、振付師の方もたくさんの情報を吸収していらっしゃいました。しかし、節目節目にとても的確な質問や指摘をし、クリエイティビティに溢れたアイディアや動きについて発言されます。日本側の方々もほとんど英語はご理解なさっているようでしたが、なるべく丁寧に振付師のこだわりを伝えるため、こちらも必死です。わずか2時間ほどの打ち合わせで作品の方向性が固まっていくのを目の当たりにしました。まだまだ細かいところはこれから詰めていくのですが、今からどんな作品になるか楽しみです。
スケートの振り付けでの通訳で
以前、英国ロイヤルバレエ団に留学している親戚がballet répétiteurという仕事の勉強をしていると聞きました。これは昔のバレエの振り付けの記録を解釈して、現代の振付師に“通訳”し、さらに振り付けからリハーサルまでサポートするというお仕事のようです。
彼女はスケートにおけるバレエ指導者の勉強もコロナ禍にオンラインで受けて、現在フィギュアの世界でもバレエ指導者として頑張っています。身体表現の世界で解釈をするというのはきっといろいろなことを考えたり、想定したり、調べたりと、大変そうですね。
また、とあるスケートの振り付けの現場に立ち合わせていただいたとき、通訳者は不要だなと思ったことがあります。身体を使って音楽を表現する、見せて通じる世界に余計に言葉を入れる必要がないのではと、すこし虚しい思いをしていました。
ところが、振付師の方が「ここではこういう気持ちになる? どんなことを思ってこの音を表現している? このステップからこちらの動きに入る時にこの間をどう使いたい?」など、日本人選手に英語で色々な問いかけをします。
もちろん選手も問いかけは理解していますが、心の機微を説明しようとするとやはり母国語が自然と口から出てきます。振付師の思いや哲学など、感覚的な内容も情緒たっぷりに話されるので、そのニュアンスを伝えるため自分の感覚も研ぎ澄まして望みます。自分の引き出しにある形容詞の乏しさを痛感したお仕事でした。
世界的な振付師であるローリー・ニコルさんが、まだ幼いノービスやジュニアのスケーターの振付をされたときには、スケーターの皆様がすごく緊張していました。
それを感じたローリーさんは優しい柔らかい声で、自分の振り付けの意図を説明なさいました。少しずつ身体と心をほぐしてスケーターたちの個性や得意なことを見抜き、声をかけ、作品を仕上げていきました。
このときは私の存在と言葉が邪魔にならないように、ローリーさんの空気感を意識して、まるで彼女が日本語で話してくださっていると錯覚してもらえるように(実際にしたかは別ですが)のぞみました。
どうしてもジャンプが決まらずに焦っている選手には、失敗しても良いから本番に外すなんていうことは考えないで、この作品を表現してくれれば良いのよ、と。そしてせっかく皆さんに見ていただける素敵な作品だから楽しんでね、と伝えます。本番を終えたスケーターの皆様の目のキラキラ輝いている姿は忘れられません。通訳者としてもそこに小さい形でも関われ、充実した時間を分かち合えたとおもっています。
なにかを作り上げて表現している方々の頭の中を覗き、少しでも伝わるように工夫する。クリエイティブな分野の通訳は、いつも使う通訳“脳”とはちょっと違う部分を使うチャレンジングな面もありますが、作品のもたらす感動に携われる、光栄なお仕事です。
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会議通訳者兼スポーツ通訳者、 日本スケート連盟通訳者。学生時代にESPN Sports Centerを翻訳するアルバイトから通訳の道に入る。NHKの大リーグ、NBA、NFL放送の通訳スタッフ、広告代理店の社内通訳を経て、現在はニュース、国際関係、安全保障、企業買収からエンタメ、相撲の英語放送までをこなす放送・会議通訳者。五輪やサッカーW杯、ラグビーW杯にも通訳として関わるほか、日本スケート連盟の通訳者でもあり、数多くのフィギュアスケートの大会で通訳を務める。日本から海外へのPR、エグゼキュティブ向けグローバルコミュニケーションコンサルタント、企業からアスリートまでのメディアトレーニングも手がける。