韓国でeスポーツに魅了され、ライターとして取材・執筆活動を行うほか、eスポーツ関連の韓日通訳者・翻訳者としても活躍されているスイニャンさん。韓国と日本のeスポーツ業界の状況と、まだ専門とする人が少ないeスポーツの通訳・翻訳の仕事について語っていただきます!
(*毎月末~翌月初旬ごろ更新)
選手が言いたいことのニュアンスをくみ取る
前回は、日本語がある程度できる選手に対する通訳について私の考え方を述べさせていただきました。
今回は、選手のニュアンスをくみ取ることについてお話していくことにします。こういうテーマの場合は具体的な例があったほうがわかりやすいと思ったので、私の考え方を述べると同時に具体例も取り上げてみました。
ストレートな表現と煽り表現のニュアンスの違い
韓国は日本と比べて、ストレートにものを言う文化だと感じることが多々あります。そのせいか、選手の実力に対する評価は結構シビアになりがちです。例えば「今日は下手だった (오늘은 잘 못했다) 」という言葉を自分に対して言うのならストイックな選手という印象で終わるので問題ないのですが、他人に対しても同じようにはっきり言うことが多いのです。選手のニュアンスとしては「客観的に見て上手くいっていなかった」「本来の実力を発揮できていなかった」という意図なのですが、直訳してしまうと日本では他人下げに聞こえてしまうので注意が必要になります。
これの派生として、韓国人選手が多用する言い方で「楽に勝てた (편하게 이겼다) 」とか「簡単に勝てた (쉽게 이겼다) 」という表現があります。先ほどの例と同様に選手のニュアンスとしては客観的に捉えて「問題なく勝つことができた」だけに過ぎないのですが、日本語で直訳すると煽りと捉えられてしまう可能性も。選手には煽る意図がないことが大半なので、私は「スムーズに勝てた」のような形で訳すようにしています。
とは言え、韓国のeスポーツ界には「煽り文化」がかなり色濃く存在します。
2000年代前半から始まった『StarCraft』のプロリーグ時代にエンタメとして培われてきた文化であり、日本で言うところの「プロレス」のようなものとして韓国のeスポーツファンの間で広く受け入れられてきました。先に触れた「楽に勝てた」という表現は煽る意図のない決まり文句のようになっていますが、もしも口調や表情などから選手に煽る意図があると感じられたなら「楽勝っすね!」ぐらいエンタメに寄せた感じで訳してしまってもいいのかなと思います。
日本とは少し違う自己肯定感の高さと愛情表現
そしてもうひとつ、韓国は日本より自信を見せることが良いとされる文化だとも感じます。
実際に自己肯定感が高い人が多い印象がありますし、実際は低くても高く見せようとする傾向もある気がします。そのせいか、「自分が加入したのに優勝できないなんてあり得ない」のような強気発言が呼び出すこともしばしば。実際に日本に来る韓国人選手は実力の高い選手ばかりなのでそのまま訳すのもアリかなとは思うのですが、日本は基本的に謙虚さや自分を律する心を美徳とする文化です。選手の性格を考慮したうえで、「優勝できないなんてあってはならないこと」のようなニュアンスに変えてあげても良いのかなという気はします。この辺は通訳者の腕の見せどころかもしれません。
さらに文化の違いで難しいなと感じているのが、愛情表現。これは韓国に限ったことではないと思いますが、日本ではあまり使われない「愛してる」という言葉がかなりの頻度で登場します。
恋人や妻に対してのメッセージなら、ちょっとキザかもしれませんが直訳でも良さそうです。ゲームタイトルなどモノに対して使われるときやファンに向けたメッセージだと少し微妙で、直訳する場合もありますが「大好き」などに置き換える場合も。一番の難関は、両親や兄弟姉妹に向けた「愛してる」。日本人は家族に感謝の気持ちを伝えることはあっても、愛を伝えるということはなかなかしないですよね。幸い、海外では愛情表現を頻繁にする文化があるということが広く知られているので、私は日本語としての違和感をひしひしと感じつつもそれに甘えて直訳してしまうことが多かったりします。
韓国の儒教文化に影響されすぎない訳し方
最後に少しだけ、儒教文化による言葉遣いの違いについて触れておきます。韓国では古くから儒教の影響を強く受けており、年上の人や目上の人を絶対的に敬います。それが言語にも色濃く出ているのが韓国語の大きな特徴で、目上の人にはかならず敬語。年齢が1歳でも上なら「お兄さん」「お姉さん」と呼び、親しくなるまでは敬語で話し、親しくなっても丁寧語を使うことが多いです。
チーム内で自分より年上の選手に対しては「名前+ 형 (ヒョン)」と呼ぶのが一般的です。実はK-POP界隈などこういった韓国文化が日本のファンの間で良く知られている場合は名前に~兄さん」とつけて訳されることも多々ありますが、eスポーツ界ではそこまで知られていないので、実の兄弟という誤解を防ぐため、私は「~さん」と訳すようにしています。たまに実の兄弟プロゲーマーもいたりするので、そこは知識でカバーしましょう。
さて、次回はこれまであまり触れてこなかったeスポーツの字幕翻訳についてお話していきたいと思います。
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留学を含めた5年間の韓国在住時にeスポーツと出会い、『StarCraft』プロゲーマーの追っかけとなる。帰国後、2008年から「スイニャン」のペンネームで取材・執筆活動を開始。2017年からは『League of Legends』の国内プロリーグ「LJL」で韓国人選手のインタビュー通訳としてネット配信の生放送に出演。近年は『VALORANT』や『PUBG』などのeスポーツ大会でも通訳をこなしている。ただし自らはゲームをほとんどプレイせず、おもにプロゲーマーの試合を楽しむ「観戦勢」。