韓国でeスポーツに魅了され、ライターとして取材・執筆活動を行うほか、eスポーツ関連の韓日通訳者・翻訳者としても活躍されているスイニャンさん。韓国と日本のeスポーツ業界の状況と、まだ専門とする人が少ないeスポーツの通訳・翻訳の仕事について語っていただきます!
(*毎月末ごろ更新)
日本語がある程度喋れるなら通訳は不要?
前回まではeスポーツ業界における通訳業や役立つ知識などを、読者の皆さんにご紹介する形式でお伝えしてきました。
今回は再び韓国人選手へインタビューする際のお話になりますが、日本語がある程度できる選手への通訳の必要性について、現状を踏まえつつ私の考え方を述べていくことにしたいと思います。
eスポーツ界における韓国語通訳対象の現状
日本のプロeスポーツチームでは、韓国人選手やコーチを加入させるケースが年々増えています。これは韓国が、アジアにおけるeスポーツ強国であるからにほかなりません。もちろん中国や東南アジアにも強い選手はいるのですが、文化的に日本人となじみやすい韓国人選手が好まれる傾向にあります。
私がこれまでに一番多く通訳を担当しているのも、実は日本で活動している韓国人選手だったりします。普段韓国で活動している選手が来日する機会は、そう多くないのです。
韓国出身の選手が日本のチームに入って日本で生活し、日本人メンバーと日々コミュニケーションを取りながら練習を重ねていくにつれて、日本語学習に意欲的な方はどんどん日本語を覚えていきます。そうしてゲーム内ではほぼ問題なくコミュニケーションができるようになり、やがて個人配信やチーム内のコンテンツ動画などで少しずつファンの皆さんの前で日本語を披露する機会が増えていきます。
そういったコンテンツに日々触れているファンの方々が、大会インタビューで急に選手が韓国語で話しているのを見ると違和感を覚えるのでしょう。「通訳いらないだろ」「日本語で喋らせてあげて」「仕方なく通訳に仕事をあげている」などの意見が、配信コメントやSNSに度々書かれます。
しかし、通訳を挟むことにはさまざまな理由があるのです。
eスポーツ大会で通訳が使われる理由
一番多いのが、大会運営側の意向です。配信は公共のものであるため、放送をスムーズに進めたい、放送事故を未然に防ぎたいと考えるのは当然のこと。言葉が通じなくて進行に支障が出たり、語学力不足から放送禁止用語が飛び出したりする可能性はいくらでもあります。日本の運営側としては、日本語ができる通訳を入れた方が安心なのは間違いないでしょう。もしかしたら、日本語ができない選手のためにせっかくお金を出して通訳を雇っているんだから、たとえ日本語ができる選手がいたとしても通訳を使いたいということもあるのかもしれません。
また、チームの意向である場合もあります。プロゲーマーも一種の人気商売ですから、選手のイメージを保つうえで危険な橋は渡りたくないでしょう。チームが制作する動画コンテンツで安心して選手に日本語を喋らせることができるのは、撮り直しが可能だからです。大会インタビューは生放送なので、修正がききません。
さらに、選手自身が通訳付きを希望することもあります。理由はさまざまですが、公共の場で外国語を喋る自信がない、言葉を間違えて誤解されたくない、疲労などで言語に労力を割く余裕がない、といった場合が多いです。『通訳翻訳ジャーナル』読者の皆さんは外国語が得意な方が多いと思いますので、第3言語などに置き換えて考えるとわかりやすいかと思います。
対象が日本語初級・中級レベルの場合の通訳
まず前提として、本当に日本語がペラペラな選手の場合は、当然通訳には入りません。問題となるのは初級・中級レベルの日本語能力を持つ選手です。
運営やチームの強い意向がある場合は、本人にインタビューでは韓国語で話すようお願いすることもあります。本人の問題だけの場合は、その選手のニーズに応えるのがベストだと私は考えています。聞き取りに自信がない選手には質問だけを通訳し、喋りに自信がないなら答えだけを通訳するなどの工夫でカバーします。
基本的には韓国語で進めるものの、一部だけ日本語で答えるというケースもあります。ファンへのメッセージや意気込みなど「日本語で答えて欲しい!」という決め打ちの質問を事前に用意すると、選手が答えやすくなります。
ときには事前に選手の答えを添削することもあります。実は私、日本語教育能力検定試験の有資格者であり日本語教師の経験があるので、指導はわりと得意だったりします。人生何が役に立つかわからないものですね。
語学力には不安があるけれど、どうしても日本語だけでインタビューに答えたいという場合は、質問のほうを簡単にしてもらうという裏技もあったりします。シンプルで聞き取りやすい質問、答えが簡単な質問を事前に用意します。配信後にメディア向けインタビューが控えているなら、そこでは韓国語を使ってバランスを取るのもアリです。つたない日本語でのインタビューは、ファンサービスにはなるけれども内容は薄くなりがち。メディアインタビューで細かい話をすることによって、言いたいことを補足することができるのです。
さて、次回はさらに選手の話す韓国語にフォーカスを当てて、eスポーツにおけるニュアンスを踏まえた訳し方について考えていきたいと思います。
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留学を含めた5年間の韓国在住時にeスポーツと出会い、『StarCraft』プロゲーマーの追っかけとなる。帰国後、2008年から「スイニャン」のペンネームで取材・執筆活動を開始。2017年からは『League of Legends』の国内プロリーグ「LJL」で韓国人選手のインタビュー通訳としてネット配信の生放送に出演。近年は『VALORANT』や『PUBG』などのeスポーツ大会でも通訳をこなしている。ただし自らはゲームをほとんどプレイせず、おもにプロゲーマーの試合を楽しむ「観戦勢」。