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2023.10.26 UP

第1回 eスポーツのいちファンがプロリーグの公式通訳になった話

第1回 eスポーツのいちファンがプロリーグの公式通訳になった話

韓国でeスポーツに魅了され、ライターとして取材・執筆活動を行うほか、eスポーツ関連の韓日通訳者・翻訳者としても活躍されているスイニャンさん。韓国と日本のeスポーツ業界の状況と、まだ専門とする人が少ないeスポーツの通訳・翻訳の仕事について語っていただきます!
(*毎月末ごろ更新)

eスポーツファンから、韓日通訳者の道へ

韓国で魅了されたeスポーツの世界

はじめまして。このたび、2023年春号の『通訳翻訳ジャーナル』にて「好き&得意を生かす」特集記事に取り上げていただいたご縁から、こちらで連載をさせていただくことになりました。
今回は自己紹介がてら、私がeスポーツ業界で通訳・翻訳業に携わることになった経緯についてお話したいと思います。

そもそも「eスポーツ」とは、コンピュータゲームを使った競技全般のことを指します。私がeスポーツに興味を持ったのは2007年ごろ、留学や仕事の関係で韓国に滞在していたときのことでした。当時の韓国では若者を中心に『StarCraft』というゲームのプロゲーマーが人気を博し、毎年釜山のビーチで行われていたプロリーグの決勝戦では観客動員数が最高で推定10万人との報道も出ていました。選手やチームに熱心なファンがついていて、日本のプロ野球やサッカーの試合並みに観客が集まるという文化が当時からすでにあったのです。

ケーブルテレビのゲーム専門チャンネルでは、24時間eスポーツやゲームに関する番組が放送され、韓国政府も積極的に支援をするほどeスポーツ文化が発展していました。私も最初こそ時折テレビで観戦を楽しむ程度でしたが、好きな選手ができ、ひいきのチームができたころには試合会場に直接足を運ぶほどハマっていました。

2013年に韓国で行われたStarCraft2の大会『2013 WCS Korea Season 1 MANGOSIX GSL Final』の様子。

ところが翌年に日本へ帰国することになり、私をとりまく環境はガラリと変わってしまいます。当時の日本には、プロeスポーツの競技シーンは全くないと言っても過言ではない状況でした。つまり、それまで楽しんでいたeスポーツの現地観戦が、簡単にはできなくなってしまったのです。

幸い、インターネット大国・韓国では2008年当時ですでにストリーミング配信が行われており、プロリーグの観戦自体は続けることができました。私は「韓国の競技シーンの楽しさを伝えたい」一心で自分のブログに好きな選手のことを書き綴ったり、有志のeスポーツニュースサイトに韓国eスポーツ記事の翻訳を寄稿したりしました。

そういった発信がゲーム業界の方々の目に止まり、国内の商業メディアからもお声がかかるようになりました。日本でもようやく「韓国のeスポーツがすごいらしい」という情報が広まり始めたのですが、詳しい人が少なかったため、私に白羽の矢が立ったのです。そこからeスポーツライターとして、海外取材をメインに執筆業を始めるようになりました。

韓国で活躍するプロゲーマーにインタビューさせていただく機会も増えました。私にとっては、憧れの選手に直接お話が聞けるという夢のような時間。韓国語を勉強してきてよかったと思う瞬間でもあります。NHK BSの韓国プロゲーマー特集番組で、翻訳字幕を担当したこともありました。番組制作会社によると、一般の翻訳会社に字幕を依頼したものの、ゲームやeスポーツの専門用語が多すぎて翻訳不可能だと断られてしまったのだそう。私より韓国語の語学力が高い人たちは沢山いるけれど、eスポーツ翻訳だったら自分が日本一なのではないか――そんな自信がついた出来事でした。

急遽、インタビューで韓日通訳をすることに

しばらくして日本にも徐々にeスポーツブームの波が訪れ始め、ついに2014年、『League of Legends』というゲームの国内プロリーグが発足。開幕戦や決勝戦がオフライン会場で実施されるようになり、私も定期的に現地取材をするようになりました。それまで海外にしかなかったeスポーツの「現場」(大会やイベント)が、日本にも少しずつ増えていったのです。

そして翌2015年、私にとってひとつの転機が訪れます。日本のプロチームが戦力強化のため、eスポーツ強豪国である韓国から助っ人選手を次々と加入させたのです。彼らの目覚ましい活躍により、リーグ運営から「インタビューで韓国人選手に話を聞きたい」との要望があり、取材のためその場に居合わせた私が急きょ通訳として出演することに。こうして私は、思いがけずeスポーツ通訳者としての道を歩み始めたのでした。

その後、2017年から正式に『League of Legends』国内プロリーグの通訳として就任し、今年で7年目を迎えました。通訳活動を通じて少しずつeスポーツ業界に名前が知られるようになると、『ストリートファイター5』や『PUBG: BATTLEGROUNDS』といったほかのゲームの通訳オファーも来るようになりました。ですが、eスポーツ通訳はゲームごとに全く違う知識が求められる厳しい世界。準備期間がとれる場合はなるべくお引き受けしていますが、時間がとれずに依頼をお断りすることもあったりします。

2023年8月に幕張メッセで開催されたLeague of Legends国内プロリーグの大会『LJL 2023 Summer Split Finals』の優勝インタビューで通訳をするスイニャンさん(中央左)。/撮影:Yoshida“HARRY”Takanori
©2023 Riot Games. All Rights Reserved.

逆に私が『VALORANT』というゲームに2021年ごろから興味を持つようになり、個人SNSで放送インタビューの翻訳を発信し続けたところ、2022年に日本でこのゲームの人気が爆発。国内イベントが頻繁に行われるようになり、ついに通訳のオファーをいただくことができました。これまで運良く通訳のお仕事をいただき続けてきた受け身の姿勢と違って、初めて自らの手で仕事につなげることができた出来事でした。

このように流行の波が早く、ジャンルが多岐にわたるeスポーツ業界では、思わぬところで語学力を生かせる可能性を秘めていたりするのです。
そこで次回は「eスポーツ」そのものについて、もう少し詳しくご説明していきたいと思います。是非お楽しみに!

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スイニャン
スイニャン韓日通訳者・ゲーム(eスポーツ)ライター

留学を含めた5年間の韓国在住時にeスポーツと出会い、『StarCraft』プロゲーマーの追っかけとなる。帰国後、2008年から「スイニャン」のペンネームで取材・執筆活動を開始。2017年からは『League of Legends』の国内プロリーグ「LJL」で韓国人選手のインタビュー通訳としてネット配信の生放送に出演。近年は『VALORANT』や『PUBG』などのeスポーツ大会でも通訳をこなしている。ただし自らはゲームをほとんどプレイせず、おもにプロゲーマーの試合を楽しむ「観戦勢」。