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2025.09.24 UP

第1回 通訳さん、いつもありがとう!でもね…

第1回 通訳さん、いつもありがとう!でもね…

通訳者に仕事を依頼する機会が多いという現役エンジニアが
依頼人という立場からみた通訳者の方へ感じるホンネをつづります。
さらにエンジニアが携わる現場でよく使われる専門用語についても紹介していきます。
通訳者とクライアントが、お互いを知って、より良い仕事につなげるヒントがここに!

私は通訳ではありません。エンジニアなので、仕事上仕方なく英語を使うこともありますが、そもそも苦手です。英語でコミュニケーションが必要なときには、会話はいつも通訳者の方に頼っています。本当にありがたい。でも、なんだか「ん?」と思うときもあるんです。なんとなく会話が噛み合わないもどかしさというのでしょうか。英語はわからないけれど、「それ、ちょっと違うんじゃないかな?」って感じる瞬間。
でも自信がないから指摘もできず、モヤモヤすることもあります。

本連載では、プロフェッショナルな通訳者の方とエンジニアがお互いを理解し、より良い仕事ができるように、依頼者側のキモチをつづっていきたいと思います。

言いたくても言えない――奥歯にものが挟まったまま

エンジニア同士の会話って、図面や現物を見ながらするので、実は共通の“イメージ”で成り立っています。言葉がうまく伝わってなくても、根本的に考えてることは同じだったりする。だからこそ、ちょっとズレた言葉が返ってくると、思いのほか動揺してしまうんです。

▶CASE1 わかる。でも、ちょっと違う――基準点が規準に??

あるときのことです。話題は機械の据付位置。図面を見ながら「どこに置くか」の話をしていたんですが、この作業のために来日中のスーパーバイザーの意見を聞いてみたら、返ってきた答えは設置のための「ルール」の話。

あれ? 今、場所の話してたよね?

機械設備は一度設置してしまうと後で移動させるのが面倒です。引っ越しのときに箪笥やソファの位置を変えるのとは違います。広い敷地や建物の中で設備の場所を決めるときは、どこかを基点(基準点:reference point)として、そこから設置位置を決めます。
この「基準点」が日本語の会話で「基準」と略されたため、それがどうやら「規準」と誤解され、訳語が“standard”になっていた(‼)のです。

この「基準」という単語、字面を見れば「規準」との違いは一目瞭然ですが、会話の中では「基準」と「規準」は同じに聞こえます。もちろん会話の中身がわかっていれば誤解することはないのですが、往々にしてこのように意外な展開になってしまうこともあるのです。

▶CASE2 惜しい。でも、ちょっと足りない――施工の訳はどれ?

例えば、のもう一つが「施工」。「施工」って、日本語ではとても便利な言葉です。

工事するものは何でも「施工する」で片づけられます。マンション建設で最初に地面を掘るのも「施工」、鉄骨を建てるのも「施工」、コンクリートを流し込むのも「施工」。店舗の工事で床カーペットを敷くのも、壁紙を変えるのも「施工」。機械設備は「据え付ける」ものですが、これを工事をする業者の方が「施工」と呼んでも、エンジニア的には違和感なし。
でもこれ、英語にすると一気に難しくなる!

construction? installation? pour? apply? set? put?…どれ?

工事現場の片隅で現物を見ながら話しているぶんには、なんとなく伝わっているような気がしますが、Web会議でスケジュールの話なんかしているときには、ちょっと混乱することがあります。機械設備を工場に設置する際に、例えば、工場の建設(construction)の後に、設備を据え付ける(install)のですが、日本語で両方とも「施工」が使われた場合に、それを全部“construction”と訳されてしまったら、英語で聞いていると「あれ?今何の話?」ってなってしまうんです。

工事の作業内容やモノづくりの現場の話題のときは、その作業の内容がわかっていないと適切な対訳を選ぶのがなかなか難しいですね。

エンジニアになんでも聞いてほしい

こんな風に、ちょっとした違いが生じます。
エンジニアって、自分の仕事の話をするのが大好きです。
通訳者の方は、ぜひ会議の前に「今日はどんな話をしますか?」って聞いてみてください。
きっと会話のズレも減って、お互いに気持ちよく話せる時間になるはず。
言葉のズレって、実は小さな行き違いだったりします。
会話の中でも違和感を感じたら、声をかけてください。
ちょっとの確認で、ちゃんとわかりあえる。
だから通訳者の皆さま、エンジニアと話してみてください。

記事作成協力/株式会社仲田組

松生 賢
松生 賢Satoshi Matsuo

機械系エンジニア。 エンターテインメント分野で30年以上にわたり、機械・構造分野の設計・施工に携わる。 国内外のプロジェクトにおいて海外エンジニアとの協働経験があり、英語での技術的なコミュニケーションにも十分な実務経験を持つ。 アメリカで安全管理に関するエンジニアとしての実績を積み、帰国後に技術翻訳について学び始める。 英語での会話は少し苦手だが、翻訳や通訳の世界には強い憧れがあり、今後はその分野への挑戦を考えている。