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2023.06.01 UP

第9回 ドイツ ハンブルク
岩本順子さん(生活編)

第9回 ドイツ ハンブルク<br>岩本順子さん(生活編)
※『通訳・翻訳ジャーナル』2022年秋号より転載

海外在住の通訳者・翻訳者の方々が、リレー形式で最新の海外事情をリポート! 海外生活をはじめたきっかけや、現地でのお仕事のこと、生活のこと、また、コロナ下での近況についてお話をうかがいます。

岩本順子さん
岩本順子さんIwamoto Junko

南山大学文学部卒業後、神戸のタウン誌編集部に勤務。1984年に渡独。ハンブルク大学美術史学科修士課程中退。1990年代に日本の漫画雑誌編集部のドイツ支局を運営し、編集と漫画の翻訳に携わる。その後、ドイツのワイナリー、ブラジルのワイン雑誌編集部で研修。2013年にワインの国際資格WSETディプロマ取得。執筆、翻訳・通訳業の他にワイン講座も開講。
HP:http://www.junkoiwamoto.com

故郷の神戸と同じ港町に親近感を覚えた

今回は、暮らしている街と生活について紹介します。1984年に渡独してから、まずケルンの語学学校に通った後、ハンブルク大学に入学しました。日本での編集者時代に知り合ったドイツ人一家の実家がハンブルクにあり、そこに下宿してはどうかと勧められたのがきっかけでした。

出身地の神戸は港町、ハンブルクも港町で、人口も神戸とほぼ同じくらい。引っ越してきた時、なんだか懐かしい気持ちになりました。街の中心を流れるエルベ川は、潮の干満の影響で水位がどんどん変わっていくため、100㎞先に広がる大海、北海の存在が近く感じられて、心が弾みました。以来、東京での1年、ブラジル(主にサンパウロ)での2年を除き、ずっとハンブルクで暮らしています。

エルベ川にはこんなビーチ(?)もある。

ハンブルクはベルリンに次ぐドイツ第二の都市で、活気があり、国際的な街です。旧市街の南側には、世界遺産となった煉瓦造りの倉庫街、シュパイヒャーシュタットがあり、欧州最大の港湾再開発地区、ハーフェンシティにつながっています。2001年から再開発が始まったハーフェンシティは、20年以上を経て、だいぶ街らしくなってきました。古いハンブルクの隣に、まったく新しい別のハンブルクが徐々にかたち作られていく過程を見るのがおもしろいです。

散歩の途中、街中でコーヒーブレイク。中心街を歩いていると、必ずといっていいほど知り合いに出会う。

コロナ下ではやりたかった執筆活動に注力

コロナにより、ドイツでの生活も変わりました。還暦を迎えたばかりの頃に、ロックダウンが始まりました。それまで私は、毎月3回くらい出張通訳や取材旅行で飛び回っていました。特に、ワインの資格取得の勉強を始めた2010年ごろから仕事が忙しくなり、留守にしている日数のほうが多い月もあるくらいでした。ロックダウンが始まると、すべての出張、取材旅行がなくなり、通訳の仕事もほぼゼロになりました。私の場合、還暦を契機として、今後の人生を悔いなく生きるための準備をしなければ、と思っていたところだったので、出張がなくなったために、ゆっくり落ち着いて考えることができました。そして、これまで忙しくて、なかなか取り組めなかった執筆に力を入れ始めました。今から約20年前に本を3冊続けて出版する機会に恵まれたのですが、その時期に離婚することになり、ブラジルで一時的に暮らすことになったため、執筆する余裕がありませんでした。

実は当時から、書きたいこと、書きたいテーマがたくさんあり、いくつかのテーマに関しては、必要な資料をコツコツと集めていたのですが、仕事に追われて放置していました。その資料の山が、パンデミック中に、とても大事なものに見えてきたのです。

パンデミック中、たまに翻訳や、オンライン通訳の仕事もしましたが、そのような仕事はわずかでした。そこで、雑誌などに掲載していただくチャンスのあるなしに関わらず、自主的に執筆作業を行ってきました。幸い、ワイン関連の記事は、雑誌やオンライン誌に掲載していただきました。近いうちに、新しい気持ちで、出版社に持ち込もうかな、と考えているエッセイもほぼ書き上がっています。日本の編集者や記者の方が海外出張できなくなったため、思いがけない執筆の仕事が時々舞い込み、以前には掲載が実現しなかった記事案が、ピンチヒッター的に採用されるという、うれしい出来事もありました。

これまでは 通訳・翻訳業が8、ライター業が2の割合でしたが、この2年で状況が逆転し、今では、ほぼ専業ライター状態です。

ロックダウンを機に、ウォーキングを本格的に始めた。気持ち良い風景が広がる郊外の自然の中をよく歩いている。

フリーランスとして好きな仕事を続けていきたい

私は、翻訳・通訳が好きですし、仕事がある限りは続けていきたいと思っています。フリーランサーですし、仕事の楽しさを味わうこともできるので、引退を考えたことはありません。でも執筆のほうがもっと好きで、今、その方向に向かいつつあるところです。今後どうなっていくのかはわかりませんが、これからの新しい出会いや、旧知の人たちとの再会により、自分では予測できない道が拓けていくのかもしれません。

そういえば、昨年末のパンデミック期間中、今年の始めに東京都美術館で開催された「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」のカタログのドイツ人修復者の文章の翻訳を担当したのですが、翻訳をしながら、ハンブルク大学で美術史を学んでいた頃の気持ちを思い出しました。10ページほどの翻訳でしたが、とてもスリリングで、かつて大好きだった美術の世界に再び引き込まれ、その仕事の後に、あちこちの気になる美術館を訪問/ 再訪し始めています。

通訳、翻訳という仕事は一期一会で、予測できない知的なインスピレーションを与えてくれたり、忘れかけていた世界を思い出させてくれたりすることがあるのだなと思います。

<地元のオススメスポット>

ハンブルクの見どころは、やはり港でしょう。遊覧船での港めぐりのほか、バスによる陸の港めぐりもあり、遊覧船とは異なる視点で港を探検することができます。陸のツアーでは、船員のための福祉施設「シーメンズクラブ」でのティータイムが組み込まれていて、船乗りの方たちの生活の片鱗にふれることができます。また、かつてハンブルクのシンボルといえば、ミッヒェルと呼ばれている、バロック様式の聖ミヒャエル教会だったのですが、今では2017年にハーフェンシティにオープンしたコンサートホール、エルプフィルハーモニーがそれに代わっています。

再開発地域のハーフェンシティを散歩中。

港町の新たなランドマーク、エルプフィルハーモニー。