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2023.06.01 UP

第7回 ドイツ デュッセルドルフ近郊
新井澄子さん(仕事編)

第7回 ドイツ デュッセルドルフ近郊<br>新井澄子さん(仕事編)
※『通訳・翻訳ジャーナル』2022年春号より転載

海外在住の通訳者・翻訳者の方々が、リレー形式で最新の海外事情をリポート! 海外生活をはじめたきっかけや、現地でのお仕事のこと、生活のこと、また、コロナ下での近況についてお話をうかがいます。

新井澄子さん
新井澄子さんSumiko Arai

群馬県出身。早稲田大学第一文学部卒(英文学専修)。1990年に渡独。貿易会社でのコレポン業務、翻訳会社や弁護士事務所での勤務を経て、2000年にフリーランスに。ドイツ連邦通訳・翻訳者連盟(BDÜ)会員。デュッセルドルフ近郊で翻訳事務所を経営。
会社HP:https://www.trans-sa.de note:https://note.com/translator_essay

「ベルリンの壁」崩壊から間もないドイツへ移住

ドイツで暮らしはじめたのは今から30年以上も前のことです。日本の大学を卒業すると同時に、知り合いの紹介でドイツの貿易会社に就職したのをきっかけに渡独。その前年にベルリンの壁が崩壊したところで、東からの人口流入による住宅難で苦労したのを覚えています。貿易会社では英文コレポン(海外の取引先とのやりとり)が主な仕事で、ドイツ語を使う機会はあまりありませんでした。そこで、渡独してからしばらくは夜間の成人講座でドイツ語の会話を学び直しました。働きながら学ぶ生徒たちは向学心が高く、語学だけでなくハングリー精神も学んだような気がします。その後、法律事務所勤務などを経て、独日・英日の翻訳者・通訳者として独立しました。現在、常勤スタッフを抱え、翻訳事務所を営んでいます。

翻訳作業をしている仕事場。昇降式デスク、サドルチェア、バーマウスを愛用。

公認資格の制度があるドイツの翻訳・通訳事情

オフィスが欧州でも日系企業が集中するデュッセルドルフに近いこともあり、日系企業からの依頼が多いです。一方で、ドイツ企業との取引が年々増え、現地のエージェントとも若干の取引があります。ちなみに、世界進出している現地企業は、取扱説明書などの各種文書を英語から多国語展開していることが多いので、ドイツでも英語の翻訳ニーズは意外に高いです。通訳については、主に日独の政府外郭団体などから依頼を受けています。

日経企業の多いデュッセルドルフに隣接するヒルデン市にオフィスがある。オフィスに面した教会広場の様子。

また、ドイツには翻訳学科を設けている大学も多く、同業者の名刺には「翻訳学士」の肩書きをよく見かけます。また、ハイデルベルク大学には日本語の会議通訳学科があり、同時通訳者を養成しています。

教育だけではありません。ドイツには公認翻訳士の資格があり、裁判所に登録された翻訳者が認証翻訳を手がけたり、法廷で通訳したりします。元々、司法向けの制度ですので、同資格を取得するためには語学能力のほかに、一定の法律知識を備えていることを証明する必要があります。また、認証翻訳・通訳の料金は関連の法律(JVEG)で一律に定められています。

ドイツで通訳・翻訳の仕事をする上で、特に気を付ける必要があると感じるのは次のことです。

●通訳では移動に苦労
ドイツでは鉄道のダイヤが乱れがちなので、定刻に現場入りすることだけで一仕事です。切符の自販機が故障しているのは日常茶飯事。乗り換えは極力避け、普通なら間に合う便よりも一つ前の便に乗るようにしています。それでも不安要素が残る場合には、前泊をお願いします。ドイツの交通事情を知らない日本のお客様には、不可解なこともあるようです。

●文化的な説明も必要
ドイツに限られないと思いますが、日本語をまったく解さないお客様との取引には神経を遣います。ドイツ人の名刺の翻訳で、「前に中国語に訳したときは漢字を使ったのに」とカタカナ表記の人名にクレームが付いたことも。また、印刷物を翻訳するときはゲラ刷り校正も請け負いますが、日本語の禁則処理*の概念がないドイツ人のDTPデザイナーにも分かるような説明を心がけています。

※ *句読点や閉じ括弧などは文章の行頭に配置しない、といった文書作成上の禁止事項

変化する翻訳業界で進むべき道を探る

ドイツでは、通訳業界と翻訳業界で棲み分けが進んでいます。私自身は翻訳が基軸ですが、お声がかかれば通訳にも出ています。官公庁からご依頼いただく調査団随行の通訳は専門性が高く、ときには採算を度外視して準備に時間をかけることも。それでも通訳を続けるのは、自分の肥やしになると感じるからです。通訳で現場を見ることで、翻訳の仕事で得た知識がさらに発展し、自分のなかで有機的につながるような感覚があります。

ドイツと日本をつなぐオンライン会議での通訳の様子。(写真提供:福島県)

また、得意な分野に特化することで作業効率は高まりますので、翻訳者も「専門性を高めるべし」という議論をよく聞きます。しかし、ロックダウンで経済が歩みを止めたかのように思われた2020年、これについて思い直すところがありました。クライアントのなかでは製造業が最もダメージが大きく、その代わりに好調だったのはITや医薬、そして法務・税務関係も根強いニーズがありました。このときほど「手広く商売する」ことのメリットを実感したことはありません。日本からの渡航が途絶えた今、通訳業界への影響はさらに深刻です。通訳専業者のなかには語学レッスンやコンサル業務に手を広げた方も少なくありません。しかし、これも普段から自分のなかに多くの「引き出し」がないと、できないことだと思います。

そのようななか、新たに始めたことがあります。同業者に背中を押されて、ビジネス型SNSを発信し始めました。同時に、ある通信社にかつて寄稿していた一口コラムを整理して、noteで公開してみました。SNSを使ったマーケティングというより、まだイメージブランディングの段階ですが、少しずつ手応えを感じています。試行錯誤しながらも、時代とともに常に進化する翻訳者でありたいと考えています。

<地元のオススメスポット>

ドイツにある世界遺産第1号をご存じでしょうか。答えはアーヘンの大聖堂。カール大帝ゆかりの大聖堂に一足踏み入れると、静謐な美しさに満ちた別世界で圧倒されます。ガイドツアー(英語もあり)に参加すれば、玉座のある2階も見学できます。師走には大聖堂のまわりにクリスマスマーケットが立ち、華やぎます。
その他にも見所は多いですが、個人的にぜひ見てほしいのが噴水。それぞれに趣向を凝らした作品が市内に多数あります。水の止められていない暖かい季節なら「噴水探し」に街を散策しても楽しいです。

世界遺産のアーヘン大聖堂。デュッセルドルフからのアクセスも良いので、ビジネス出張者にもおすすめ。

ビザンチウム様式の大聖堂内部はどこかエギゾチックな雰囲気。