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2023.05.24 UP

Vol.4 出版翻訳家 田口俊樹さん

Vol.4 出版翻訳家 田口俊樹さん
※『通訳翻訳ジャーナル』2019年冬号より転載

通訳者・翻訳者の本棚を拝見し、読書遍歴について聞くインタビューを特別掲載! 
第一線で活躍するあの人はどんな本を読み、どんな本に影響を受けたのか。本棚をのぞいて、じっくりとお話を伺います。

本を読んでいないと、
経験でしかものを言えない人間になってしまいます

田口俊樹さん
田口俊樹さんToshiki Taguchi

出版翻訳家。1950年生まれ。教員生活を送りながら、1977年よりミステリ翻訳を手がけ、88年に翻訳専業に。87年よりフェロー・アカデミーにて翻訳講師を務める。訳書に、レイモンド・チャンドラー『長い別れ』(東京創元社)、ローレンス・ブロック『石を放つとき』(二見書房)、ハーラン・コーベン『WIN』『森から来た少年』(小学館)など。著書に『日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年』(本の雑誌社)など。

自身の訳文の原点は
第三の新人・吉行淳之介

東京都内に立つ3階建て一軒家。2階から3階の吹き抜けの壁一面に本棚があり、ミステリ、アメリカ文学、日本の純文学、ミステリの洋書、『ミステリマガジン』と『EQ』のバックナンバーが並ぶ。その対面には国語教師だった奥様専用の同サイズの本棚がそびえ、『源氏物語』などの古典が目立つ。

2階廊下には海外ミステリなどの文庫がずらり。仕事部屋にも本棚があり、自身の訳書と原書が年代順に整理されている(競馬関連の書籍も)。

吹き抜けの壁一面が本棚になっている。

将来の夢が「作家」だった幼き日の田口少年は、講談社の「世界名作全集」に夢中になり、中学時代には「007」や「87分署」など当時流行していたエンタメシリーズを楽しんだ。そして、中学3年の夏休み、読書感想文のために読んだ作品に衝撃を受ける。島崎藤村の『破戒』である。

「何かを感じるけど、その正体はわからない感覚。つまり、作品の題材になっている被差別部落について、あの頃の僕は何も知らなかったんです。本を読まないと知ることができないことがすごくたくさんあると気づいた。それからですね、“文学”に目覚めて本を意識的に読むようになったのは」

大江健三郎や遠藤周作ら、純文学作家の作品が並ぶ棚。

高校時代には安部公房、太宰治、大江健三郎、三島由紀夫といった純文学作家を読みあさった。しかし、強く記憶に残っているのは翻訳ものだという。

「ヘミングウェイの『老人と海』とカミュの『異邦人』です。訳者は福田恆存と中村光夫だったと思います。日本の小説とはまったく別の種類の小説、その異質さが強烈でした。『老人と海』は新訳の話があればやりたいね」

早稲田大学第一文学部に入学すると、文芸サークルに所属。安岡章太郎、遠藤周作、小島信夫など、「第三の新人」と呼ばれる作家を好んで読んでいた。
文芸サークルで習作を持ち寄って合評するうちに作家になる自信は衰勢し、大学卒業後は小さな出版社に就職した。ふとした拍子に「第三の新人」の吉行淳之介を読み返すと、すっかり心酔してしまい、20代半ば、5〜6年は吉行淳之介ばかりを読んでいた。

2階廊下の本棚。20代の頃に心酔した吉行淳之介の文庫作品のほか、マーク・トウェインやオー・ヘンリーなどの海外文学も。

「『暗室』や『星と月は天の穴』は今でも印象に残っていますね。短篇も上手で、対談の名手でもある。著作はすべて読みました。無駄のない文章がいいんですよ。偶然にも僕が訳してきたローレンス・ブロックやマイクル・Z・リューインも、そぎ落とした文章を書く作家です。僕が『いいな』と思う文体の持ち主を訳せたのは幸運でしたね」

※ 『通訳翻訳ジャーナル』2019年冬号より転載  撮影/合田昌史

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