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2024.12.17 UP

明石書店 /
人文科学や社会科学がテーマの本をメインに刊行
本質への問いを含んだ本づくりを

明石書店 /<br>人文科学や社会科学がテーマの本をメインに刊行 <br>本質への問いを含んだ本づくりを
※『通訳翻訳ジャーナル』WINTER 2025より転載

季刊誌『通訳翻訳ジャーナル』の連載、翻訳出版社最前線をWebでも公開しています!
翻訳書を刊行している出版社で、翻訳書を担当する編集者にインタビュー!
訳書の主なジャンルや選定方法、リーディングや翻訳の依頼などについてお話をうかがいました。

<翻訳出版社最前線> 明石書店

📚明石書店📚

~Company Data~
〒101- 0021 東京都千代田区外神田6-9-5
●ホームページ:https://www.akashi.co.jp
●翻訳書刊行点数:約70点/年
●翻訳書の主なジャンル:学術書
●出版実績のある言語:英語、フランス語、中国語、韓国語など
●原書の発掘方法:編集者が自ら探す、研究者や翻訳者からの提案や持ち込みなど
●新人翻訳者の抜擢:条件が合えばある
●リーディング:持ち込みの場合はお願いすることもある

お話
お話赤瀬智彦さん

編集部 部長

編集者の関心に沿って複数のテーマで本を制作

明石書店は1978年創業の出版社で、社会、教育、歴史、法律といった人文科学・社会科学をテーマとした本をメインに刊行している。世界の国や人々、政治経済、文化を知るためのガイドブック「エリア・スタディーズ」シリーズは、その国や地域の勉強をしたい学部生や旅行や留学を考えている人などに重宝されており、2023年には200巻を達成した。本の刊行点数は年間約180点で、そのうち翻訳書は約4割を占める。編集部は3つの班に分かれ、それぞれ「保育・教育・福祉」「外国人差別や女性差別、貧困などの社会問題」「海外文化」を主なテーマとして扱っている。

「同和問題を扱う書籍を出版したのが、会社のスタートだったと聞いています。現在は扱うテーマも広がりましたが、社会的弱者による問いかけをふまえた人権の観点から、世の中の問題を捉え直そうという動機で企画した本が多いと思います。編集部は、それぞれの班のテーマだけに本を絞っているわけではなく、各々の関心領域に沿って、複数のテーマで本作りを進めています。社会学や地理学、歴史学、人類学などの研究を行っていた編集者が多く在籍していることもあって、アカデミックな内容の企画が定番となっています。しかし、あまりにも専門性が高いと読者が限られてしまうため、専門分野をベースにしつつも、一般向けに開かれた入門書を制作することが増えています」

読者の背景を想像し、語彙や文体を選択する

訳書は、編集者が発掘した本と、提案や持ち込みのあった本の中から選定される。付き合いのある研究者からの提案が多いが、フリーランスの翻訳者から「このテーマが大きな問題になっているから訳したい」と持ち込まれることもある。2024年12月に刊行予定の『ガザの光』(斎藤ラミスまや訳)もその一例だ。時勢に合った企画だということも重要な要素となる。

「この本の訳者の斎藤さんは字幕翻訳者で、書籍の翻訳を多く手がけてこられた方ではありません。ガザの状況にとても詳しく、パレスチナの声を多くの人に届けたいという強い思いを持ってお声がけいただきました。幸い本書の著者の特集が10月にNHKスペシャルで放送され、書籍も関心を集め始めています。書籍の需要は内容の良し悪しのみならず、刊行時にそのテーマが社会的な注目をどれだけ集めているかが重要な要素となります」

持ち込みの際は、企画書、簡単な履歴書、訳文のサンプルなど判断材料になるものを送ってほしいとのこと。

「窓口はオープンにしておきたいと考えています。翻訳をお願いする際には、ご留意いただきたいことなどを簡単に記したルールブックをお渡しすることもあります。翻訳を始める前にある程度の基準があると、お互いにやりやすいのではないかと思います。なお最近では、研究者から提案のあった本の翻訳を、フリーランスの翻訳者が担当することも増えています」

書籍を翻訳する際には、全体の構成を掴むこと、読者に伝わる語彙や文体を使うことが重要だ。

「章と節の『縦』のつながり、章同士、節同士の『横』のつながりはどういう関係なのか、縦横の関係性を意識しながら翻訳していただくと、構造がしっかりした本になると思います。また、読者は書籍の中の論理をただ追っているのではなく、自身の知識や経験をもとに、内容に共感したり距離を置いたりしながら読み進めます。できるだけ読者の『背景』を想像し、相手に伝わる言葉で文章を届けていただきたいです」

社会動向を把握しつつ、時勢に限定されない本を

今後も、「人権の観点をメインに、いまの日本社会で必要とされている言葉を届ける」という同社のスタンスは変わらない。ただ今後は、「差別はダメだ」と本で訴えるだけでなく、「人々はそもそもなぜそのようなことをしがちなのか」、「どうすればそうした傾向を変えていけるのか」といった本質への問いを含んだ本作りを、より明確にめざしたいという。

「情報伝達の加速により、世の関心や言論状況の変化のペースも上がっています。社会の動向を随時把握し、刊行時の状況を見通すことももちろん重要ですが、それと同時に、時勢に限定されない本質的な問いを投げかける本作りを心がける必要があると思っています」

新刊&売れ筋📕

マチズモの人類史
『マチズモの人類史』
イヴァン・ジャブロンカ 著
村上良太 訳
4,730円(税込)
(2024年4月刊行)
昔ながらの家父長制に基づく「男らしさ」が、いまや社会で通用しなくなりつつあることは、広く知られる時代になった。フランスでベストセラーとなった本書は、女性支配に基づくマチズモ(男性至上主義)が、女性のみならず男性自身をも抑圧してきた人類の長い歴史をたどると同時に、著者自身が「新しい男性性」を模索しつつ、男性によるフェミニズムへの参画を説く。

ウクライナ全史(上下)
『ウクライナ全史(上下)』
セルヒー・プロヒー 著
鶴見太郎 監訳
桃井緑美子 訳
各3,850円(税込)
(2024年8月刊行)
ウクライナ史は劇的かつ魅力的にもかかわらず、この国の領土を長く支配してきた帝国の物語によって、かき消されてきた。その歴史を知ることは、ウクライナだけでなく東西ヨーロッパの全体を深く理解することにつながる─著者であるハーバード大学ウクライナ研究所長のセルヒー・プロヒー教授は、このように述べる。国家の枠にとらわれないグローバルな視座から、この地を懸命に生きた人々の知られざる物語を紡ぐ。

必読!明石書店のベストセラー📘

無意識のバイアス
『無意識のバイアス』
ジェニファー・エバーハート 著
山岡希美 訳
高史明 解説
2,860円(税込)
(2021年1月刊行)
著者は長年、米国の学校・企業・警察署の改革に努めてきた社会心理学者のジェニファー・エバーハート。いわゆる「黒人女性」である著者の実体験と、最新の社会心理学の知見を折り合わせた本書は、黒人に向けられた人種偏見が必ずしも意図的、意識的なものではないことを明晰に示している。また、無意識の偏見がマイノリティに対してどのような「不公正の感覚」をもたらすのかについても、重要なヒントを与えてくれる。

※『通訳翻訳ジャーナル』WINTER 2025より転載