2024.11.20 UP
戯曲翻訳家 小田島創志さん
~Interview with a Professional~
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翻訳へのこだわり
台詞に一本「芯」を通す
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戯曲には、小説と違って地の文がないので、台詞の解釈が作品の解釈に直結します。現代演劇の場合はとくに、台詞に裏のニュアンスや意図が込められていることが多い。たとえば「すごいよね」という台詞があったときに、本気でそう言っているのか、それとも冗談なのか、あるいは皮肉なのか。そもそもなぜ、その言葉をチョイスしたのか。そういったことを常に考える必要があるわけです。ただし、裏のニュアンスを読み取っても、それを明示的に訳してしまっては、作品が台無しです。原文と同様の解釈の余地を残しつつ、それでも会話劇として成立するよう、一本芯の通ったやり取りに落とし込んでいく。そこをどれだけ突き詰められるかが、戯曲翻訳の大きなポイントです。そしてその「芯」があるからこそ、演出家の方と解釈のすり合わせができるわけです。
演劇の言葉は、俳優さんの肉体を通して発せられます。その点を踏まえたうえで、「耳で聞いてわかる言葉」にすることが大前提であり、俳優さんの話し方や声音などに合った言葉にしなければいけません。実際、俳優さんの声を通して台詞を聞くと、訳していたときとはだいぶ印象が違ったりすることがあります。考えに考えて言葉を選んだのに、現場で聞いたら思っていたような効果が感じられず、反省することもしばしばです。


戯曲翻訳家をめざす人へ
演劇の現場と接点を
これから戯曲翻訳を志す方には、できるだけ多くの芝居にふれてほしいと思います。どんな芝居が好みかは人それぞれですが、翻訳をするのであれば、自分の好みにとらわれることなく、できるだけ幅広く観ておく。そのほうが、芝居の理解力や語彙力に幅が出ますし、仕事を受ける際の選択肢も間違いなく広がります。
戯曲翻訳の場合、「こうすればプロになれる」という確立したシステムがあるわけではありません。現状、僕のような研究者や元劇団員の方、あるいは小川絵梨子さんのように演出家の方が翻訳するケースが多いようです。その意味では、何かしら演劇の現場と接点を持つことが大切かもしれません。いろんな劇場に足を運んで観劇したり、翻訳劇をやるような劇団に入ったり。劇団の催しや演劇関係のイベントに参加するのも一つの方法だと思いますので、怖がらずに参加してみてはどうでしょうか。
※『通訳者・翻訳者になる本2024』より転載 取材/金田修宏 撮影/合田昌史
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東京都出身。戯曲翻訳家、演劇研究者。お茶の水女子大学、東京芸術大学ほかで非常勤講師を務める。専門はハロルド・ピンターやトム・ストッパードを中心とした現代イギリス演劇。翻訳戯曲に、クレスマン・テイラー作/フランク・ダンロップ脚色『受取人不明 ADDRESS UNKNOWN』(2018年9月 赤坂RED/THEATER)、ラジヴ・ジョセフ『タージマハルの衛兵』(2019年12月 新国立劇場)、レイチェル・デ=レヘイ『ウエストブリッジ』(2021年2月 せんがわ劇場)、ジョー・ペンホール『BIRTHDAY』(2021年9月 新宿シアタートップス)、アニー・ベイカー『アンチポデス』(2022年4月 新国立劇場)など。