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Web3業界で日英通訳者として働く、大谷かなこさんによる連載!
「Web3ってなに?」「最近よく聞くけど、難しそう……」といった疑問に答え、いま需要が増えている、Web3業界での通訳のお仕事について解説していただきます。
通訳者だけではなく、「Web3」について知りたい翻訳者の方も必見です。
こんにちは!大谷かなこです。
前回はWeb3業界にいると共通言語として「あ〜、あれね!」と頻出する事件について扱いましたが、業界内で「あ~、あれね!」となる用語はまだまだたくさんあります。
たとえばアメリカではドナルド・トランプが2024年の大統領選に出馬してから仮想通貨を擁護する意見を発信するようになりました。その影響もあり、日本のWeb3業界でも多くの人がアメリカの動向に注目しています。
そのためアメリカで仮想通貨やWeb3に関わる企業・人物・法案の名前も、用語をひとこと言うだけで「あ~、あれね!」と会話が飛び交うことも珍しくありません。
そこで今回は前回に続き、私が実際にミーティングやメディアインタビュー、大型Web3カンファレンスのセッションなどで通訳を務めるなかで頻繁に聞いた用語の中から、アメリカに関わるもの、中でも2025年に大きく注目された3つの法案をご紹介します。
※本記事を公開する、2025年12月時点の情報をもとに執筆しています。

アメリカで今注目の法案:3選
「アメリカと仮想通貨」といえばぜひ押さえていただきたいのが、2025年のアメリカ議会で大きく注目を集めた次の3つの法案です。
1:ジーニアス法案 (GENIUS Act)
2:クラリティ法案 (CLARITY Act)
3:反CBDC監視国家法案 (Anti-CBDC Surveillance State Act)
「ジーニアス法案」は成立済みです。残り2つの法案は下院で可決後、上院で審議が進んでいます。(2025年12月時点)
※本記事では「暗号資産」や「デジタル資産」という言葉を多く使用しますが、「仮想通貨」とほぼ同義で使われています。
1:ジーニアス法案 – ステーブルコインを法的に明確化
まずは「ジーニアス法案」です。英語では「GENIUS Act (Guiding and Establishing National Innovation for U.S. Stablecoins Act)」と呼ばれる、ステーブルコインに関わる法律です。
ステーブルコインは、法定通貨の価格と連動(「ペッグ」)して価格が安定するように設計された仮想通貨です。たとえば「1ドル=1枚のコイン」といった形で、常に一定の価値を保つことを目的としています。
これによって決済や送金など、実用面での活用が期待されています。しかしその一方で、過去には価格崩壊事件もあり規制の必要性が議論されてきました。(※詳しくは第6回連載記事参照)
そこでステーブルコイン市場の秩序を守るために登場したのが、「ジーニアス法案」です。この法律によって、ステーブルコインに関わる用語や制度が初めて法律という形で明確化されました。
この法案は、法律で認められた「許可発行者」のみステーブルコインが発行できるようにしたほか、発行者には
・十分な裏付け資産を保有
・準備金の定期開示や監査
などを義務付け、ステーブルコインがグレーゾーンのものから、信用のできる金融インフラの1つという扱いに近づきました。
ジーニアス法は2025年6月に上院で通過、同年7月に下院でも可決され、大統領署名も完了して正式な法律となりました。
2:クラリティ法案 – 暗号資産の管轄元を線引き
次に押さえておきたい法案が「クラリティ法案」です。英語では「CLARITY Act」と呼ばれます。アメリカ政府では、暗号資産をどの委員会で管轄するかが曖昧になっていました。クラリティ法案は、暗号資産の管轄元を法律ではっきり明確化させる(≒「clarity」)ために提案されました。
政府のどこで暗号資産を管轄するのか? を議論する際に、特に対立したのが「SEC(証券取引委員会)」と「CFTC(商品先物取引委員会)」です。
✅SEC (米国証券取引委員会)
「SEC (Securities and Exchange Commission)」は株式や社債など「証券」を監督する機関で、投資家保護を重視します。長年、暗号資産の多くを「証券に該当する可能性がある」として、厳しい姿勢を取ってきました。
✅CFTC (米国商品先物取引委員会)
一方「CFTC (Commodity Futures Trading Commission)」は、原油や金などの「商品(コモディティ)」やその先物取引を監督します。ビットコインやイーサリアムを「デジタル商品」とみなし、主にデリバティブ市場を管轄してきました。
ここで問題なのは、暗号資産は証券として扱うのか? それとも商品として扱うのか? が法律で明確に定義されていなかった点です。それによって業界と規制当局の対立を生みました。
✅注目の人物:ゲイリー・ゲンスラー
SECと暗号通貨の話題で頻出する人物が、元SEC委員長の「ゲイリー・ゲンスラー」です。暗号資産業界に対して厳格な規制姿勢を貫きました。
元ゴールドマン・サックス出身のゲイリー・ゲンスラーは、過去にCFTC委員長を務め、マサチューセッツ工科大学(MIT)にてブロックチェーンの講義をしていました。つまり、「クリプトを知らないから厳しい」のではなく、「理解したうえで厳しい」規制者と見なされていました。
SECはゲンスラーのもとで、仮想通貨や暗号通貨取引所などに対し、訴訟や行政措置を積極的に行いました。
ドナルド・トランプは大統領選挙期間中、暗号資産への支持を鮮明にし、「大統領に就任したら、まずゲイリー・ゲンスラーを解雇する」とまで公言しました。
そして2025年1月、トランプが大統領就任後、すぐにゲンスラーはSEC委員長を退任しました。これは選挙期間中の発言が現実になった形だと受け止められました。
クラリティ法案は、あらゆる暗号資産をSECが扱う「証券」とCFTCが扱う「商品」に整理し、それぞれが何を管轄するのか?を法律で明確にしようとするものです。
本法案は2025年7月に下院で可決していますが、2025年12月時点では未だに上院で検討中のため正式な法律にはなっていません。
3:反CBDC監視国家法案 – CBDCの発行を制限
もう1つ覚えておきたい法案が「反CBDC監視国家法案」です。英語では「Anti-CBDC Surveillance State Act」と呼ばれます。
✅CBDC (中央銀行デジタル通貨)
CBDC (Central Bank Digital Currency)は、国の中央銀行が発行する「デジタル版のお金」のことです。日本なら「デジタル円」、アメリカなら「デジタルドル」と呼ばれるイメージです。
ここで大切なのは、ビットコインやイーサリアムなどの仮想通貨(暗号資産)とは、まったく別物だという点です。
暗号資産は、国や政府が発行しているわけではなく世界中の参加者が分散して管理するという特徴があります。一方CBDCは国(中央銀行)が発行して、国が中央集権的に管理するお金のため、全くの別物という扱いになります。
デジタル版のお金が発行されることに対して便利だと思う人もいる一方で、アメリカではCBDCの発行に対して慎重な姿勢を取っています。
理論上「誰が、いつ、どこで、何にお金を使ったのかが政府に監視されるのではないか?」という懸念があるからです。
このように「CBDCは便利だが、プライバシーや自由を脅かすかもしれない」という考えから「反CBDC監視国家法案」が生まれました。連邦機関による CBDC の研究・発行を禁止する方向で、幅広くCBDC全体の発行活動を封じる意図があります。
本法案はクラリティ法案同様、2025年7月に下院で可決していますが、2025年12月時点では未だに上院で検討中のため正式な法律にはなっていません。
まとめ:「あ~、あれね!」の背景が武器になる
今回は2025年にアメリカで議論された3つの法案を取り上げながら、各法案に関わるキーワードを深堀りしました。
1:ジーニアス法案 (GENIUS Act)
2:クラリティ法案 (CLARITY Act)
3:反CBDC監視国家法案 (Anti-CBDC Surveillance State Act)
それぞれ別のテーマを扱っているように見えますが、共通しているのは「暗号資産を誰が、どこまで、どのように管理・規制するのか」ということです。
そこには、SECとCFTCという規制当局の対立、ゲイリー・ゲンスラーやドナルド・トランプなどの主要人物、そしてトランプ政権下での政治的な方向転換が複雑に絡み合っています。
Web3や暗号資産の現場では、これらの名前や法案が前提知識もなく用語だけで「あ〜、あれね!」と語られがちです。しかし通訳者として重要なのは、名前を知っているだけではなく、その名前にどんな背景や文脈を背負っているのかを理解することです。
アメリカの動向は、日本のWeb3業界や議論にも大きな影響を与え続けています。Web3業界の通訳現場でこれらの言葉を耳にしたとき、一段深い理解で話についていきながら通訳を提供できることを願っています。
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カリフォルニア州立大学チコ校卒業。Web3コンサルティング企業「0x Consulting Group」専属通訳。「Web3専門の通訳」として、社内会議だけではなく国内Web3イベントや記者発表会にて逐次・同時通訳に携わる。国内最大規模のWeb3カンファレンス「WebX」では西村経済産業省大臣や「2ちゃんねる」創設者ひろゆきの登壇セッションにて同時通訳も担当。数々のWeb3プロジェクトに携わる中で「言語の壁」が業界で大きな課題になっていることを痛感し、「同業界にて日本と世界を繋ぐ仲間を増やしたい」という想いから通訳者向けにWeb3教育も行っている。好きな英文法は「関係代名詞」。
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