2024.08.16 UP
『HIP HOP ENGLISH MASTER』Vol.7
2023年8月に『HIP HOP ENGLISH MASTER』(Gakken)を刊行した、ラッパーのMEISOさん。実は通訳者・翻訳者としても活躍しており、日本会議通訳者協会主催「同時通訳グランプリ2019」ではグランプリ、「B-BOY PARK2003」ではMCバトル王者という異例の2冠を達成しています。前回に引き続き、即興で韻を踏むHIP HOPの技法であるFREESTYLEについて語っていただきました。予想外のことが起こる通訳の現場に、FREESTYLEのメンタリティはどう生きるのでしょうか。
即興ラップのスキルを通訳に役立てる?
FREESTYLEと通訳の似ているところ
こんにちは。今回は前回に引き続き即興ラップ(FREESTYLE)が通訳の現場でどのように役立つかについてお話ししたいと思います。
前回の記事はこちら!『HIP HOP ENGLISH MASTER』Vol.6
まず、FREESTYLEとは何かを簡単におさらいしましょう。FREESTYLEとは即興でラップを行うこと。日本でも人気のあるMCバトルを例に挙げると、2人のラッパー(MC)がビートに乗せてお互いを言葉で攻撃し合い、観客を盛り上げる。そして勝者は会場の反応やジャッジの判定で決まります。さらにMCバトルの盛り上がるポイントとして「アンサーを返す」という作法があり、相手の発言を受けて即座に返答することが求められます。これは即興力の証明でもあり、その場での迅速な対応や、相手の発言をしっかりと理解する(そしてその矛盾点を把握する)落ち着きが重要です。
では、このFREESTYLEのスキルが通訳にどのように役立つのでしょうか?通訳では、話者の発言を瞬時に理解し、異なる言語に変換してアウトプットする作業を行います。FREESTYLEでは相手の発言を受け、瞬時に反論やディスを組み立ててアウトプットします。この「内容把握→スイッチ→アウトプット」というプロセスは、通訳とFREESTYLEとで非常に似ている。最適なボキャブラリーを一瞬のうちに引き出す瞬発力が勝負を左右する、という意味でも脳の同じ機能が使われているのかもしれません。
即興ラップのスキルは、通訳の現場における瞬発力の向上に直接役立ちますし、即興力が鍛えられることで、予期せぬ事態にも物怖じしない経験値を身につけることができます。台本のないラップは資料のない通訳のようなもの。FREESTYLEでハプニングを切り抜けた経験が、通訳の場でも「何とかなる」自信につながっています。
通訳者としてもパフォーマーとしても
より高いレベルへ
FREESTYLEの精神は、「何があっても最後まで着地させる」というもの。音響トラブルが起きた時に怯むことなく、「待ってました!」と取り組むような姿勢。通訳の現場でも、発話者のマイクが悪くて半分程度しか話が聞き取れないことがあります。それでも、通訳が100%のアウトプットをしている場面をたびたび目にしています。「よくできましたね」と驚きつつ、本人に聞くと、聞こえた「50%」からなんと文脈に合わせて「100%」に膨らましているとのこと。これこそ通訳の神業FREESTYLERですね。リスペクトです。
華やかな印象のあるラッパーに対して、通訳者は黒子的な存在に映ることが多いですが、レベルの高い通訳はまるでマジックのように観客を魅了します。「どうやってるの?頭の中が見てみたい!」と好奇の目で見られることも少なくありません。私自身、うまい通訳者の訳出を聞くと「ウォー!」と拳を突き上げたい衝動に駆られますし、通訳者のパフォーマンスは、観客を巻き込んだイベントとしても成り立つほど魅力と刺激があると思う。通訳者オリンピックのような世界大会があったら盛り上がるのになぁ、とか妄想しますが、そのすごさを十分に伝えるには、観客もバイリンガルであったり通訳者であったりする必要があるかもしれません。
通訳とFREESTYLE、両者には共通するスキル、心構え、魅力がたくさんあります。これはきっとFREESTYLEにだけ言えることではない。別の世界で身につけたマインドセットとスキルが、通訳者としての個性やスタイルになる。さまざまな世界を行き来しながらその世界の作法を吸収し、通訳者としてもパフォーマーとしてもより高いレベルをめざしたい。
【試聴】HIP HOP ENGLISH MASTER (SAMPLE MIX)
【書籍紹介動画】『HIP HOP ENGLISH MASTER ラップで上達する英語音読レッスン』
【Podcast】HIP HOP ENGLISH SCHOOL(ヒップホップ ・イングリッシュ・スクール)
-MEISO&EM島
MEISOと、編集者のEM島がおくる、ラップを通して「世界」と「英語」を学ぶ、ヒップホップ エデュテインメントプログラム。
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日本生まれ。幼稚園まで米国で育ち、小・中・高は日本で過ごす。ハワイ大学卒。アニメーション制作会社の社内通訳者で、通翻訳チームのリーダー。CGアニメ・映像制作を中心に通訳として活動。2019年、日本会議通訳者協会主催「同時通訳グランプリ」でグランプリを受賞。またラッパーとしても「B-BOY PARK2003」MCバトル王者として知られる。アルバムを5枚リリースし、最新作は「轆轤」(2017)。「ENGLISH JOURNAL」に「英語でラップを学ぶ〜Rap in English!」を寄稿。