『HIP HOP ENGLISH MASTER』Vol.4

2023年8月に『HIP HOP ENGLISH MASTER』(Gakken)を刊行した、ラッパーのMEISOさん。実は通訳者・翻訳者としても活躍しており、日本会議通訳者協会主催「同時通訳グランプリ2019」ではグランプリ、「B-BOY PARK2003」ではMCバトル王者という異例の2冠を達成しています。今回は、MEISOさんとHIP HOPとの出会いについてや、UNIVERSAL LANGUAGEとしてのHIP HOP、HIP HOPの精神などについて語っていただきました。HIP HOPマインドを、通訳翻訳の仕事にも生かしているそうです。

HIP HOPとの出会いと
学習・通訳翻訳にも生きるHIP HOPの精神

DANGEROUS MINDS

HIP HOPとの出会いについて聞かれることがよくある。それまでも色々なところで目にしてはいたが、「HIP HOPっていいな」と初めて思ったのは、『デンジャラス・マインド 卒業の日まで』(1995年)という熱血教師モノの映画を観たときだった。ミシェル・ファイファー演じる型破りな高校教師が、音楽を武器に不良生徒たちにポエトリーと文学、そして学ぶことの大切さを教える内容。登場する高校生がいかにもHIP HOPファンのため、ドンピシャにハマるRAPで教育するのか!と思いきや、題材はなぜかボブ・ディラン・・・?などツッコミどころは多いのだが、いずれにせよこの作品は僕にとってHIP HOPとの出会いだった。同時にこの映画を観たことが、RAPとポエトリーの関係性、そして教育の場でのRAPの有用性について考える機会となった。

ちなみにサウンドトラックには西海岸ラッパー、CoolioGangsta’s Paradiseが収録され、これが大ヒット。アメリカをはじめとする13カ国でチャート1位を獲得し、グラミー賞も受賞。当時日本で中学生だった僕ももちろんドハマりし、そのリリックを分析してみたり、和訳してみたりと大いに学習心を刺激された。中学の卒業論文にも後に掲載することになったその和訳。これが初めてしっかりやってみた訳出だったかもしれない。そう考えると、HIP HOPとの出会いは同時に翻訳との出会いでもあった。「好きなもの=HIP HOP」、そしてそれを紹介するための「ツール=通訳翻訳」は、最初から僕の中では常に隣り合わせで、絡み合うような関係だった。

UNIVERSAL LANGUAGE

1995年の作品なので、来年で『デンジャラス・マインド』の公開から30年となる。嘘でしょ!と言いたくなるが、本当らしい。当時、映画で若者音楽として登場したHIP HOPだが、30年経った今でも若者の音楽のイメージが強いのではないだろうか?実はそんなHIP HOPも2023年で誕生から50周年を迎え、それを機に世界中でHIP HOPの偉業を振り返る動きがあった。数々のセールス記録を打ち立て、発祥の地アメリカだけでなく世界中の国々でも地元のHIP HOPアーティストがチャートを賑わすなど、50周年を迎えてなおその勢いはとどまるところを知らない。

そんなHIP HOPの功績の一つは、世界中の若者(そして僕のような元若者も)を一つの共通するカルチャーでつなげたところにある。さまざまな国や地域で、言葉が通じなくても、世代が違っていても、HIP HOPというUNIVERSAL LANGUAGEを通して体験を共にしたり、仲良くなれたりといった経験は数知れない。言葉は通じなくても、RAPが好きでそのFLOWから通じるものがあったから、さまざまな扉が開いたのだ。まさにパスポート。根底にはHIP HOPの精神の一つ、RESPECTがある。自分自身へのRESPECT、そしてSKILLを磨いて同じ道をめざす相手へのRESPECTだ。

EDUTAINMENT

教育の話に戻る。『HIP HOP ENGLISH MASTER』でも紹介しているように、RAPという音楽的要素を取り入れることで英語学習(そして他の学習も)をゲーム化・音楽化し、楽しみながら学ぶことができる。このコンセプトはEducation+Entertainmentを組み合わせてEdutainmentと呼ばれることもあり、The Teachaの異名を持つHIP HOPレジェンド、KRS-Oneがアルバムのタイトルにしたことでも知られる。HIP HOPの力により学びに興味を持ってもらう、これはすばらしい。ただし学習者・自己研鑽者にとって、楽しくモチベーションアップするだけのツールで終わってはもったいない。そこは入り口に過ぎないと僕は思う。

HIP HOP, A WAY OF LIFE

HIP HOPは生き方だ。と多くのアーティストがその作品やインタビューで語っている。ではどんな生き方なのか?一般的な定義として、4大価値観のPEACE(平和)、UNITY(団結)、LOVE(愛)、HAVING FUN(楽しむこと)の精神がまず挙げられる。ギャング等による暴力の代わりに平和を。戦争の代わりに愛を。分断の代わりに団結と助け合いを。そして対立するのではなく共に楽しむことを。といったHIP HOP創始者の望みがこれらの価値観に込められている。そしてHIP HOPを世界に広めたこれらの価値観は「異文化間の橋渡し」をする通訳翻訳者にも当てはまると僕は解釈している。(もちろん仕事によってはHAVING FUNな現場とは限らないのだが…)

さらにHIP HOPのマインドとしてCONFIDENCE(自信)、EACH ONE, TEACH ONE(技術の継承)、REAL(自分に忠実)、SOMETHING FROM NOTHING(無からの創造)、GO WITH THE FLOW(流れに身を任せる)などがあると僕は考えている。その生き方・思考法にはキャリアや学習のプロセスで生かせる学びが多く存在し、僕自身も実はそのアプローチを通訳翻訳に応用することでチャンスを広げ、スキルを高め、山場を乗り越えた経験が腐るほどある。それはラッパーだからでしょ?という声が聞こえてきそうだが、ラッパーやDJ、ブレイクダンサー、グラフィティライターでなくても、これらの考え方は取り入れることができる。次回からは、実際に学習者・通訳翻訳者に役立つHIP HOPマインド、そしてその取り入れ方を紹介していく。PEACE

【試聴】HIP HOP ENGLISH MASTER (SAMPLE MIX)

【書籍紹介動画】『HIP HOP ENGLISH MASTER ラップで上達する英語音読レッスン』

【Podcast】HIP HOP ENGLISH SCHOOL(ヒップホップ ・イングリッシュ・スクール)
-MEISO&EM島

MEISOと、編集者のEM島がおくる、ラップを通して「世界」と「英語」を学ぶ、ヒップホップ エデュテインメントプログラム。
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MEISO
MEISO高木 久理守

日本生まれ。幼稚園まで米国で育ち、小・中・高は日本で過ごす。ハワイ大学卒。アニメーション制作会社の社内通訳者で、通翻訳チームのリーダー。CGアニメ・映像制作を中心に通訳として活動。2019年、日本会議通訳者協会主催「同時通訳グランプリ」でグランプリを受賞。またラッパーとしても「B-BOY PARK2003」MCバトル王者として知られる。アルバムを5枚リリースし、最新作は「轆轤」(2017)。「ENGLISH JOURNAL」に「英語でラップを学ぶ〜Rap in English!」を寄稿。