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2023.10.23 UP

長井鞠子さんが参加者からの質問に答える!
講演会「通訳者に伝えたい『伝える極意』」

長井鞠子さんが参加者からの質問に答える!<br>講演会「通訳者に伝えたい『伝える極意』」

今年の夏に行われた一般社団法人 日本会議通訳者協会(JACI)主催「日本通訳フォーラム2023」の特別講演として、8月31日に通訳者の長井鞠子さんによる講演会が開催されました。

長井さんは今年「第6回JACI特別功労賞」(※)を受賞。サイマル・インターナショナルの専属通訳者として、半世紀以上にわたり国際会議や要人随行など第一線で活躍しており、日本の会議通訳のパイオニア、かつ現役のトップ通訳者といえる存在です。

「通訳者に伝えたい『伝える極意』」と題された同講演会は、参加者から事前に寄せられた質問と、当日質問に長井さんが答えていくという構成で進行しました。当日、東京・青山の会場には現役の通訳者・志望者を中心に約30名の参加者が集まり、通訳業界の最前線を走り続けてきた長井さんが、参加者からのさまざまな質問に回答されました。
その講演会で取り上げられた質問と、長井さんの回答を一部紹介します。

※JACIが2018年に創設した、通訳業および通訳業界に多大な貢献をし、その発展に寄与した個人・組織の功労を讃える賞

≪講演会のより詳細なレポート記事は、11月21日発売の『通訳翻訳ジャーナル』2024年冬号に掲載いたします!≫

長井鞠子さん
長井鞠子さんMariko Nagai

サイマル・インターナショナル専属会議通訳者、同社顧問。仙台市生まれ。国際基督教大学在学中、1964年の東京オリンピックで学生アルバイトとして通訳を経験。その後、日本初の同時通訳エージェントとして創業間もないサイマル・インターナショナルの通訳者となり、東京2020大会でも招致からオリンピックに携わる。サミット、G20の同時通訳、国内外要人随行など、年間200件もの重要案件を担うトップ通訳者。その活躍はNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』等でも紹介される。著書に『伝える極意』(集英社新書)『情熱とノイズが人を動かす』(朝日新聞出版)
■サイマル・インターナショナル公式サイト
https://www.simul.co.jp

逐次通訳がきちんとできれば同通もできるはず

【参加者からの質問】
Q. 「通訳は逐次に始まり逐次に終わる」という言葉をよく聞きますが、これについて長井さんはどう思われますか?

【長井さんの回答】
まったくその通りとは思いませんが、ただ、「逐次」と「同時」は違うとも思っていません。「同時通訳はできないけれど逐次通訳ならできる」というのは、実は間違いだと考えています。同時通訳ができる人は逐次ができるし、逆に逐次通訳がちゃんとできている人は、同時通訳もできるはずなんです。

なぜならば、逐次のプロセスを考えてみてください。逐次のプロセスというのはまず、話者の話を聞きます。聞いて、それからメモしますよね。それから、その次の段階が大事なんですけれども、分析をするっていうことをしないと駄目なんです。
あまりに専門的で高度な内容はともかく、経済・政治、あるいは世の中一般のことや文化・芸術、そういったものについての話だったら、聞いてメモして、話の内容を分析します。それから記憶するというプロセスがあります。そして次に頭の中で訳したものを、英語なり日本語なりにして発します。このプロセスを全部数えると、6つあるわけです(聞く/メモする/分析する/記憶する/訳す/話す)。

この6つのことを、同時通訳だけではなく、逐次通訳でも瞬時にやらないといけません。だって逐次通訳でスピーカーの1人が話し終わったときに、「今のは何の話だっけ」なんてことをしてたら、聞いてる人はこの通訳は駄目なんじゃないかと当然思いますよね。とにかくこの6つのプロセスを一瞬の間にきちっとやれるかどうかが逐次でも重要なので、同時通訳とある意味で同じことをやってるわけです。
そう考えると、逐次がちゃんとできていたら、同時もできるはずなんです。ですから逐次と同時は表裏一体、本当につかず離れずの存在だと思います。勉強中の方は、自分には同時通訳は無理だなんて思わないでくださいね。逐次通訳がきちっとできたら絶対に同時もできますから。

また逐次通訳では、まず一番重要なのは声が大きいということ。2番目は相手が話し終わったら間髪入れずに始めることです。「通訳の中身に関係ないじゃん」と思うかもしれませんが、本当に大切なことなのです。
声が小さいと、聞き手の頭の中に「この通訳はちゃんとできているのかな?」という疑問が生じます。それから間髪入れずに訳が出せないと、「話の内容がわかっているんだろうか?」という疑問が生じます。これらの疑問を聞き手に起こさせないようにするのが、逐次通訳がきちっとできるかどうかの鍵です。

間近で長井さんの話を聞くため、多数の現役通訳者らが会場を訪れた。講演は後日オンラインでも配信された。

デビューしてから、仕事への向き合い方が変わったきっかけ

【参加者からの質問】
Q. 通訳の準備や通訳技術の向上において、キャリアや年齢を重ねる中で、何か変えてきたことはありますか。

【長井さんの回答】
通訳を始めた当初から比べると、仕事への向き合い方、準備のしかたはすごく変わりました。

実は私は始めたばかりの頃は、ちゃらんぽらんな通訳者でした。プロフィールにも書いてありますが、私が通訳になったきっかけというのが、1964年の東京オリンピックの学生アルバイトでした。高校時代にアメリカに交換留学で行って英語が喋れるようになって、帰国してからはICUに入学。その頃に東京オリンピックがあって、学内で通訳の募集がありました。

私はオリンピックのようなお祭り事が大好きなので、通訳ならタダで競技が見られるに違いないと思って応募したら採用されて、水泳連盟で日本の水泳チームなどの通訳をしました。そのときは、通訳はなんてちょろい仕事だろうと思いました(笑)。
大会の組織委員会に雇われたわけですけれども、制服のブレザーからタイブラウス2枚、ベルトスカート、ハンドバッグ、靴まで全部支給されて、そのうえオリンピックも観戦できる。仕事は全然ブラックではなくて、朝の9時頃に行って夕方4時半には終わり。そしてお給料が良くて、当時、家庭教師を1ヶ月やるよりも、2週間の通訳の方が3倍か4倍ぐらい多くもらえたと思います。みんな経験がない大学生なので、まともな通訳はできていなかったとは思いますが、学生を集めなくてはいけないほど、当時の日本には英語が話せる人が少なかったんですね。

そのオリンピックの仕事がおもしろかったので、通訳ってちょっといいなと思っていたところ、大学卒業の頃に通訳者の村松増美さん(サイマル・インターナショナルの創設者の1人)から「サイマルという会社ができたんだけれど、そこで通訳しない?」と誘われました。この楽でたくさんお金ももらえる仕事ならいいわと思って、その道に進むことにしました(笑)。

ですが実際始めてみたら、いきなりビジネスや会議の通訳なんて上手くできるはずがありません。それでも、当時20代前半の私は人生楽しいことが多かったので、翌日すごく大事な会議があるのに「当日に何とかなるだろう」と思って、夜遅くまで遊びほうけていたりする、そんな若者だったんです。
そもそも当時、職業として通訳をやろうなんていうのは、私の同世代で2~3人しかいなかったので競争相手もいませんし、先輩のおじさま通訳者なんかは、「いやよくできてるよ」なんて私達を甘やかしますからね。仕事で失敗しても甘やかされて、全然厳しさもなく、自分の向上心もないような状態でした。

そういう私がどうしてちゃんと準備をするようになったかというと、「できない」という事実に直面したからです。
例えば国際会議の通訳の仕事で、コーヒーブレイクの時間に先輩たちが通訳ブースの外で休憩していても、私は恥ずかしくてブースから出られないわけですよ。自分がちゃんと通訳ができないために、クライアントにも顔を合わせられない。それで、徐々に自分の遊びほうけている態度がいけないと思えてきて、大学を出たばかりのちゃらんぽらんな状態から変わっていきました。最初は世間や仕事のことがよくわかっていなかったのもありましたが、「できない」という悔しさが、変わる一番のきっかけになったと思います。

「幅広く浅く」が通訳には役立つ

【参加者からの質問】
Q. 事前にいただく資料には載っていない人名や商品名、番組名などの固有名詞が通訳中に出てきて、何度聞いても聞き取れないという経験はありますか? その場合にどう対処しましたか?

【長井さんの回答】
経験があるどころか、そんなことが毎日ですよ。知らないことは世の中に山ほどあるんです。
人の言い間違いもありますしね。ある会議で大江健三郎さんがスピーカーだったときには、外国人の司会者が「次のスピーカーは “ミスター オエ”」と発音して、一瞬誰のことだかわからなくて焦りました。そういうときでも、事前準備でプログラムをちゃんと頭に入れておけば、これは大江さんのことだなとわかりますよね。

でも、きちんと準備をしたとしても、固有名詞で100%失敗しないということはありません。同じ会議の中でウィーゼル(Wiesel)というユダヤ系の作家の名前が出てきました。私はそれを字面だけ見て「ウィーゼル」と前にアクセントを置いて発音したら、後で「『ウィーゼル』だとイタチのことになっちゃうから、『ウィーゼル』と後ろにアクセントを置かないとだめだよ」と指摘されました。こういうふうに、アクセントまで考えたら、もう固有名詞が全部完璧にできるなんてことはありえないんですよ。

でも、ありえないからといって諦めるのではなくて、例えば事前資料でプログラムの参加者リストがあったら、数百人の参加者全員を覚えるのは無理でも、スピーカーの名前、パネリストの名前には目を通しておくのが大事です。

通訳をするときに、どんな勉強が必要ですかとよく聞かれるんですけど、私が大学のときにICUの斎藤美津子先生が、「通訳という仕事は森羅万象が相手。だから世の中にある全てのことが対象になる」ということを言われていて、今になって本当にその通りだなと思います。
通訳のパフォーマンスっていうのは、英語ができたり、声が綺麗だったり、発音がよければ良いというだけではない、トータルパフォーマンスなんですよ、とも先生はおっしゃっていました。トータルパフォーマンスとは何かというと、自分がどういう育ち方をして、何を勉強して、ここまでどうやってきたか。何を知っているか、何を知らないか、何が好きで何が嫌いか、そういう自分の一挙手一投足、全部が通訳に現れるんですよっていう意味なんです。

だから、通訳をめざすときには幅広く浅く、何にでも好奇心を持って取り組むことが役に立つんですよ。知らない人名、番組の名前、漫画のタイトルとか、たとえくだらないことでも興味を持ってあれこれ見ておくと、それらが必ず役に立ちます。幅広く、趣味は広く浅く、何にでも取り組むと、通訳にはプラスになります。

現場であがらないためのポイント

【参加者からの質問】
Q. 通訳の現場で焦ったり、緊張しやすく、うまく話せなくなるときがあります。緊張しないためにはどうしたら良いでしょうか?

【長井さんの回答】
「どうしたら緊張しないか」というのはよく聞かれるんですけど、緊張はしても「あがらない」ということが重要です。あがるっていうことと、緊張することは違うんですよ。
緊張というのは、しっかりしないといけないぞと自分を律することでもあるので、本番ではたとえ緊張があっても自信を持って臨めます。あがるっていうのは、わけもなくドキドキしてしまって言葉が出なくなる状態です。

私は子供の頃からバイオリンをやっていて、6歳ぐらいのときには舞台での発表会に出ていたので、人前で何かすることへの慣れは昔からあったかもしれません。
あと、人前で演奏するときには「私はこれだけ練習してこれだけのものが弾ける。どうぞ聞いてください」と、客席にいる皆さんに花束を差し出すような気持ちでやっていて、いまもその思いがあります。何百人もの聴衆がいるところで通訳をするときには、私はちゃんと準備してきたから、これを聞いてくださいと、皆さんに贈り物を差し上げたいみたいな気持ちでやるんですよね。すごく集中が必要で緊張する場面はあるのですが、あがるということはありません。

それと、「通訳で失敗したって死刑になるわけじゃない」と思ったら、大抵のことはスルーできますよ。死刑にならないから何とかなると思えば、緊張は和らげることができるのではないでしょうか。

多くの参加者が長井さんの著書を持参しており、講演会の終了後にはサイン会も行われた。

≪講演会のより詳細なレポート記事は、11月21日発売の『通訳翻訳ジャーナル』2024年冬号に掲載いたします! お楽しみに!≫

(撮影/今野 光)