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2025.08.12 UP

第14回 スポーツ通訳と「性別」について

第14回 スポーツ通訳と「性別」について

スポーツ通訳者として、バレー、バスケ、スキーなどさまざまな競技の通訳を務める佐々木真理絵さんが、スポーツ通訳というお仕事の内容と、その現場で出会った印象的な出来事について紹介します。通訳をする上で欠かせない、スポーツ専門用語の解説も!
(※隔月更新予定)

男子チームに女性の通訳って、どうなの?

同性だからできるサポートもあるけれど……

私の知っている範囲では、現在のスポーツ業界では男子のチームには男性通訳が求められ、女子のチームには女性通訳が求められることが多いです。
個人的には、これは自然なことだと考えています。チーム通訳は選手たちととても近い距離で日々過ごします。
性別で区別することは、今の時代の流れには合っていないかもしれません。実際に、男子チームにも女性スタッフの姿が年々多く見られるようになってきています。

それでも通訳という立場は、選手との距離が非常に近く、時にはプライベートな領域まで踏み込んでサポートする役割も担います。
そう考えると、やはり同性の方がより手厚いサポートができる場面もあるのです。

たとえば、女子チームの通訳を担当する場合、体調やメンタル面に寄り添うには、女性通訳であることが自然な安心感につながることもあります。
生理用品を買ったり、婦人科に付き添うようなことも、決して珍しくありません。

一方で、私はこれまで男子チームの通訳をする機会の方が圧倒的に多いです。
どのチームも最初は「実は男性通訳を探していて……」と希望されることが多かったのですが、実際に活動していく中では、「女性がいてくれてよかった」と言ってもらえることもたくさんありました。

「婦人科、ついてきてもらっていい?」と言われた日

当時所属していたチームの選手の奥さんが妊娠して、日本で産婦人科に行くことになったときのことです。
まずは病院選びから一緒に始まりました。いくつかの病院の情報探していく中で、英語対応可能なクリニックを見つけたのでそこに行くことにしました。

看護師さんやお医者さんは流暢な英語でスムーズに対応してくれ、“これで本人も安心だろう、よかったー”と待合室で待っていたですが、診察後に本人からこんなことを言われました。
「あのお医者さん、ちょっと苦手かもしれない。できれば今後は他の病院に行きたい。英語が話せないお医者さんでもいいから」と。
特に何をされたわけではありませんが、なんとなく居心地が悪かったとのこと。
妊婦さんはきっと気持ち的にも体調もデリケートだろうし、奥さんの健康は選手にとってもとても重要なことです。本人の意思を尊重し、別の病院へいくことにしました。

改めて行った病院は、お医者さんが英語を話せなかったため、診察から検査まで全て付き添い通訳をしました。

男性通訳は妊婦さんのサポートができないということは無いと思います。ただ、これはご本人がどう感じるか次第かと思いますが、少なからず女性でないと話しにくいと感じる人はいるはずです。

 

男子チームに入って地味に困ることがあるとしたら――
それは、着替える場所がないことでしょうか。

基本的に試合会場のロッカールームは選手のために用意されています。私はいつも、着替える場所がない場合はトイレでこっそり着替えていました。

また、選手たちがロッカールームで着替えている時間帯は、中には入らないようにしています。
それでもどうしても入らなければならないときには、「今、誰も着替えてませんかー? 入りまーす!!」と、確認してから入っていました(笑)

これくらいのことであれば業務に支障はないかもしれませんが、やはり同性の方が気兼ねなく動けるのかもしれないなと感じる瞬間ではあります。

ロッカールームに入ることもあるほど、通訳者は選手との距離が近い。だからこそ気を遣う部分もある(photo by freepik)

「外れてほしい」と言われた日

ある日の練習後、集合して今日の練習について話し合う場面で、外国籍選手から「席を外して欲しい」と言われたことがありました。代わりに英語が話せる男性スタッフが呼ばれて、選手の言葉を訳していました。

私は、なぜ急にそんなことを言われたのかわからず、「信用されていないのかな」とモヤモヤしてしまいました。

その後、選手本人に理由を聞いてみたんです。
そしたら返ってきた答えがこうでした。

「汚い言葉で日本人選手たちを鼓舞したかった。だから女性に聞かせたくなかった。」

そのとき、私は“気を使ってくれてありがとう”とは思えませんでした。
むしろ、余計な気を使わせてしまったことが申し訳なくなったのです。

通訳というのは、選手が言いたいことを、言いたいタイミングで、正確に届けるために存在するものです。
変な遠慮やフィルターがかかってしまうのは、本来の役割から外れてしまいます。

そう考えると、やはりこういう場面では同性の通訳の方が自然で、スムーズだったかもしれない。そう感じた出来事でした。

もちろん、性別によって得意・不得意な場面はきっとあります。
でも、それを超えて、価値を与えられる存在になれれば、
そして、選手たちと信頼関係を築くことができるのなら、
性別という枠を越えて、チームにとって意味のある通訳になれるのかもしれません。

★佐々木真理絵さんの連載一覧

佐々木真理絵
佐々木真理絵Marie Sasaki

大学卒業後、一般企業への就職を経て、2013年 日本プロバスケットボールリーグチーム「大阪エヴェッサ」の通訳兼マネージャーとなる。バスケットボールチーム、バレーボールチームで経験を積みながら猛勉強し、現在はフリーランスのスポーツ通訳者として活動中。世界バレーなどの大会での通訳のほか、NCAAバレーボール日本遠征、日本の大学生チームの海外遠征、スキークロスFISカップ ヨーロッパ遠征などへの帯同も行う。