
スポーツ通訳者として、バレー、バスケ、スキーなどさまざまな競技の通訳を務める佐々木真理絵さんが、スポーツ通訳というお仕事の内容と、その現場で出会った印象的な出来事について紹介します。通訳をする上で欠かせない、スポーツ専門用語の解説も!
(※隔月更新予定)
通訳にどこまで話者の「感情」を乗せるか
話者が泣くなら通訳も泣け?!
「選手から見た良い通訳って、どんな人?」
あるサッカー選手とそんな話をしていたとき、彼の答えはこうでした。
「前に所属していたチームにブラジル人コーチがいてさ、そのときの通訳、コーチが泣きながら話したら、一緒に泣きながら訳してたんだよ。あれ、すごく心が動かされたな」
……すみません、それ、私にはできません。
話者の感情も乗せて一緒に訳すのは、通訳としてとても大切です。
しかし、私は通訳中に泣く余裕なんてありません。
話を聞きながら頭の中では「今の主語は誰?」「ここの“彼”ってどっちの選手?」「この文、途中で方向変わったぞ」とフル回転です。
監督が泣いているのは見ればわかる。でも、なぜ泣いているのか、その背景をちゃんと伝えること。
それが通訳の仕事だと思っています。
以前に私が所属していたバレーボールチームのブラジル人コーチは、毎日のように激昂していました。
怒る、叫ぶ。けれど、試合に勝てば少年のように無邪気に笑う、情に溢れた優しい人でした。
ブラジル人は感情表現が豊かで、喜びも怒りもとても分かりやすい。
私が困るくらい、表現が自由すぎることもあるけれど、そこが彼らの魅力でもあります。

コミュニケーション力が試されるチーム通訳だけど……
スポーツの現場では、感情がむき出しになる場面に何度も出会います。
正直にいうと私は、そういう感情に上手く寄り添えるタイプではありません。
シーズン中は様々なことが起こります。良い時もあれば悪い時もあります。外国籍選手が明らかに落ち込んでいる時や、何かを思い自分の殻に閉じこもっている時、どのように接すべきかいつも頭を悩ませます。
バレーボールの試合中に外国籍選手が目を痛めたことがありました。
明らかに苦しそうだったので、「大丈夫?」と声をかけたら、その選手がピリついた声でこう返してきました。
「大丈夫なんてしょうもないこと聞くなよ。『大丈夫』以外に答えられないだろ」
「そんな言い方しなくても……」なんて思いつつも、「もっと適切な言葉をかけるべきだったな」と反省しました。
気遣いたい。寄り添いたい。でも、気を遣いすぎた下手な言葉はこのようにときに逆効果になりました。その一方でストレートな言葉が信頼関係を作る場合もあると学んだ出来事もありました。
ある日、私はブラジル人コーチにひどく怒られたことがありました。落ち込んだ気持ちを隠してチームバスに乗り込みました。
「何事もなかった顔をしよう」
そう心の中で唱えながら席についたそのとき、そんな事はつゆ知らずの外国籍選手が大きな声で言ったのです。
「どうしたんだよ、その悲しい顔! 何かあったのか?!」
しかも満面の笑みで。ブラジル人コーチが、すぐ隣にいるのに。
「気まずいから黙っててくれ……!」と心の中で叫びました。
その後、コーチは少しばつが悪そうに、
「なんでも飲みたいもの買ってあげるから、お茶でもしよう」と言ってきて、逆に心の距離が近づいた出来事となりました。
誰かが悲しい顔をしていても、逆に気を遣って私はこんなにストレートに声をかけられません。この選手からは、色んなコミュニケーションの取り方、声の掛け方をたくさん学ぶことになりました。
それぞれのやり方で、選手に寄り添う
本来通訳者はコミュニケーションが円滑になるように引っ張るべき存在です。
しかし、ここまで読んでもらうとお分かりのように、残念ながら私はそんなタイプではありません。
色んな競技の試合で通訳者さんを見ていると、通訳者にも個性があることを実感します。
喜びを体で表現する通訳者、乱闘に真っ先に飛び込む通訳者――いろんなスタイルがあります。それでいいのだと思います。
ちなみに私は点が入っても派手に喜ぶことは一切ありませんでした(笑)
もちろん嬉しい気持ちはありますが、正直なところ“誰も怪我せずに無事に試合を終え、みんな笑顔で帰りたい” ――ベンチではいつも、ひたすら冷静にそう願うばかりでした。
感情豊かで、憑依型の通訳に憧れることもあります。
それぞれのやり方で、選手に寄り添い、チームの一員になっていく。
その多様性こそが、スポーツ通訳という仕事のおもしろさなのだと思います。
★佐々木真理絵さんの連載一覧

大学卒業後、一般企業への就職を経て、2013年 日本プロバスケットボールリーグチーム「大阪エヴェッサ」の通訳兼マネージャーとなる。バスケットボールチーム、バレーボールチームで経験を積みながら猛勉強し、現在はフリーランスのスポーツ通訳者として活動中。世界バレーなどの大会での通訳のほか、NCAAバレーボール日本遠征、日本の大学生チームの海外遠征、スキークロスFISカップ ヨーロッパ遠征などへの帯同も行う。