スポーツ通訳者として、バレー、バスケ、スキーなどさまざまな競技の通訳を務める佐々木真理絵さんが、スポーツ通訳というお仕事の内容と、その現場で出会った印象的な出来事について紹介します。通訳をする上で欠かせない、スポーツ専門用語の解説も!
(※隔月更新予定)
韓国プロバレーボールチーム 通訳者の雇用事情は?
韓国で噂の真偽をリサーチ!
「韓国のバレーボール、Vリーグでの通訳はかなり良いお給料がもらえる」という話を何度か耳にしたことがあります。
けれども、「それっていくらなの?」と聞いても誰も具体的な金額は知らず、真相を掴むことができずにいました。
しかしここ最近、「韓国のバレーボールチームで通訳をしたい」という志望者からの相談が急に増えてきました。
これは真相を突き止めなければいけない! ということで、韓国まで行ってきました。
以前に日本のバレーボールチーム、パナソニックパンサーズ(現在の大阪ブルテオン)に所属していたとき、私はマウリシオ・パエス氏というブラジル人コーチの通訳をしていました。現在、彼は韓国のウリィカード(ソウルウリィカード・ウリィWON)というチームで監督をしています。
彼のチームの試合観戦も兼ねて渡韓し、現地の関係者とお会いしてきました。
試合当日の12月4日には、試合が始まる前に以前から面識のあった元通訳者の方とお会いすることができました。彼は何年もの間バレーボールチームで通訳をしていましたが、現在はその経験と語学を活かし、選手のエージェントをされています。
実はこの前日、12月3日の夜に韓国では戒厳令が発令されていました。
「もしかすると明日から気軽に外出できなくなるかも。そうなると試合には行けないかもしれない…というか試合自体無くなる可能性があるのかな……」
そんなことをグルグル考えながら、状況を見守るしかありませんでした。日本でも報道されたように、夜中のうちに発令は解除され、次の日のソウルはいつもと変わらぬ日常でした。元通訳の方とお会いしたカフェも、現地の人がおしゃべりをしたりパソコン作業をしたり、穏やかな空気が流れていました。
カフェでは「最近どう?」なんていう雑談をしながらも、韓国にいる日本人選手や通訳についての話題になったので、単刀直入に聞いてみました。
「ところで、韓国のリーグで通訳をするとかなり良いお給料がもらえるって聞いたんだけど、それって本当? 実際いくらなの?」
「うーん、良いお給料なのか…。あくまでも僕が知っている平均的な金額だけど、初めての年だったら4000万ウォンくらいが相場じゃないかな」
4000万ウォン? ということは日本円でおよそ400万円。
日本のバレーチームでの通訳の初年度の相場とほぼ変わらないのでは…。
もちろんチームによって金額は前後し、経験年数が増すごとに金額も上がるとのこと。これについても日本と同じです。
あの噂はなんだったのでしょうか……。
もちろん彼の言うことが全て正しいとは限りませんが、元々チームで通訳をしていた人なので信憑性は高いかと思います。
韓国では、スポーツ業界に入りたい若者たちも沢山いるようです。通訳者として活躍することを夢見る人もいます。
ただ、スポーツ業界に入るための最初の難関は、コネクションがあるかどうか。業界へのコネクションがうまく作れないことが理由で、挑戦できない人が沢山いるとのこと。これも日本と同じ状況ではないでしょうか。おそらくこの状況を抱えているのは日本と韓国だけではないでしょう。
ウリィカード VS サムスンの試合を観戦
首都・ソウルが本拠地であるウリィカードのホームアリーナは、とてもアクセスが良い場所にあります。古い会場をリノベーションしたそうですが、綺麗で快適です。会場にいるスタッフの方もとても丁寧に対応してくださいました。
「今日は平日だし、昨日の戒厳令の混乱もあるからお客さんは少ないかも」なんて会話をしていましたが、実際には会場の7割くらいは埋まっていたように思います。
会場では、マウリシオ監督の現在の通訳さんがわざわざご挨拶に来てくれました。「通訳って大変だよね」という話で盛り上がりました。訳す言葉は違えど、通訳者が抱える悩みは世界共通です(笑)。
3位のウリィカードと4位のサムスンの試合はとても見応えがありました。試合結果によってはお互いの順位が入れ替わるので、両チームにとって、まだまだ続くシーズンを戦い抜くためのキーとなる試合だったはずです。
最終的に3-1でサムスンの勝利。ウリィカードは順位を一つ落とす結果となりました。
試合中はMCが常に会場を盛り上げ、セット間に来場したお客さんを巻き込んでゲームをするなど、楽しく観戦できるアイデアがたくさん盛り込まれていました。
試合後はたくさんのファンたちが出口で選手を待っており、終始熱気を感じられました。
日本人が韓国のVリーグで通訳をするには?
もしも日本人が韓国Vリーグで通訳をしたいという場合、とても重要な条件があります。それは「韓国語がネイティブレベル」ということ。
私も長い間英語に携わってきていますが、第二言語をネイティブレベルまで引き上げるのは本当に大変です。韓国語は英語に比べると、文法や単語など、日本人には比較的習得しやすいかもしれません。
それでも、きっと人によってアクセントがあるでしょうし、方言があったり早口だったりすると難易度は上がるはずです。
ただ、韓国語のレベルが十分であれば、日本人選手が韓国のチームに入ったときなどにチャンスはあるでしょう。
たった2泊3日の滞在でしたが、個人的には韓国人のたくましさを実感しました。滞在中にキンパ屋さん(韓国海苔巻き)に並んでいたとき、店主が忙しそうだったので注文するのを少し待っていました。すると私より後から来た現地の女性が「私キンパ3つ!」と大声で注文し、先に商品を受け取って帰って行きました。
戒厳令についても韓国では現在さまざまな報道がされているようですが、発令から解除まで、あれだけのスピードで物事が一気に動くことに驚きました。
この国ではきっと自己主張をすることが生きるうえでとても大切です。日本にいるときのように、譲り合いの精神だけでは透明人間になってしまうでしょう。
この土地で日本語の通訳をしたいのであれば、彼らの考え方やマナーを理解し、それを日本人選手に伝えなければいけません。文化の違いによって起こる誤解や戸惑いもフォローしなければいけませんし、生活サポートをするのであれば、どこに行けば何が売っていて必要なサービスが受けられるのか、熟知していなければなりません。
“ネイティブレベルの韓国語と韓国カルチャーの理解”
ここをしっかり抑えれば、日本人の通訳者にもチャンスはあります。
ハードルは高いかもしれません。
そのハードルを超えて夢を叶える人が出てくることを期待しています!
★佐々木真理絵さんの連載一覧
大学卒業後、一般企業への就職を経て、2013年 日本プロバスケットボールリーグチーム「大阪エヴェッサ」の通訳兼マネージャーとなる。バスケットボールチーム、バレーボールチームで経験を積みながら猛勉強し、現在はフリーランスのスポーツ通訳者として活動中。世界バレーなどの大会での通訳のほか、NCAAバレーボール日本遠征、日本の大学生チームの海外遠征、スキークロスFISカップ ヨーロッパ遠征などへの帯同も行う。