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2023.05.29 UP

第3回 イギリス ウエスト・ヨークシャー 平松里英さん(仕事編)

第3回 イギリス ウエスト・ヨークシャー 平松里英さん(仕事編)
※『通訳・翻訳ジャーナル』2021年春号より転載

海外在住の通訳者・翻訳者の方々が、リレー形式で最新の海外事情をリポート! 海外生活をはじめたきっかけや、現地でのお仕事のこと、生活のこと、また、コロナ下での近況についてお話をうかがいます。

平松里英さん
平松里英さんRie Hiramatsu

名古屋市出身、北アイルランドアルスター大学メディアスタディーズ修士課程修了後、日本の外資系テレビ通販の番組通訳やインハウス勤務を経て、フリーランスの通訳者に。2007年に渡英後、ロンドン・メトロポリタン大学 通訳ディプロマ修了。ロンドンを拠点に、社内通訳&翻訳を含め、フリーランスとしてビジネスやメディア(TVおよびラジオ)、マーケティング&PRなどの分野で通訳者・翻訳者として活躍。オンラインで英語の発音改善サービスも提供している。発音改善サービスHP:https://school.rie.london

初めて挑戦した通訳に魅せられて

日本の短大で英米文学を専攻した後、22歳で結婚し、27歳で北アイルランドに2人の子どもを連れて留学しました。留学を終えて日本に帰国してから、たまたまバレーボールW杯の女子大会の通訳をしないかと声を掛けられたのが、通訳をはじめるきっかけでした。

もともと通訳者をめざしていたわけではありませんでしたが、同大会で初めて通訳をしたとき、手に汗をびっしょりかきながらも、ワクワクするような感覚を覚えました。自分で納得のいくパフォーマンスができるまでこの仕事に取り組んでみたいと思い、外資系企業を中心に社内通訳の仕事をスタート。同時期に離婚したこともあり、外資系企業の本社が集まっている東京に親子3人で引っ越して、2001年から2007年まで、シングルマザーとして子どもを育てながら社内通訳・翻訳の仕事をしました。

2007年の春に子どもたちが小学校を卒業したのを機にイギリス・ロンドンに移住。日本では労働時間が長く、子どもたちと過ごす時間が十分に確保できなかったことが移住を決断した大きな理由です。

現在は子どもたちも独立し、再婚した英国人の夫と愛犬とともに、ロンドンから北へ約230㎞ほど離れた国立公園、ピーク・ディストリクトの区域内に暮らしています。自然が多く残る風光明媚な土地で、気分転換の散歩には最適な環境です。

イギリスの原風景のような丘陵地帯が広がる国立公園の区域内に自宅がある。 近隣には羊や牛が草を食む牧草地も多い。

イギリスで働くうえで気をつけること

渡英後は、現地のエージェントに登録してフリーランス通訳者・翻訳者として働きはじめました。また、ヨーロッパの通訳者は原則的に大学院で通訳専攻のMA学位またはPostgraduate Diplomaを取得している必要があり、自分も取得していたほうが仕事を得る際に利があると感じたため、並行してロンドンメトロポリタン大学大学院の通訳コースを受講しました。いまは、日本、英国、その他欧州各国のエージェントから仕事を受注しており、クライアントと直接取引をするケースも多いです。

イギリスで日英通訳者として働くうえで、日本と異なると感じる点がいくつかあります。

●通訳料金は自己申告制
指値で料金指定をされることは珍しく、基本的に自己申告制です。レート交渉のやり取りで、こちらの交渉力や経験を図っている面もあります。また、日本語は中国語やロシア語など政治的に気を遣う言語同様、他の西欧言語に比べてレートが高めです。

●会議などの延長が少ない
日本と比べると残業や仕事を延長することを嫌がる人が多く、会議やミーティングなどは大体予定時刻までに終わるので、延長時間についてヤキモキすることは少ないです。また、細かいことに目くじらを立てる人が少なく、お互いに寛大であることを期待する雰囲気があるのも、やりやすいと感じる点です。

●日本企業との感覚の違い
英国の企業には日本のように「お客様は神様」という感覚がありません。たとえ自分たちが取引先の日本企業に対して下請けの立場だったとしても、日本人の感覚からすると大変プライドが高く思える対応をします。日本企業と英国企業の間でその温度差が顕著になると、デリケートな局面に発展することもあるので、通訳者の私も非常に神経を使います。

イギリスの顧客とやり取りをする際には、基本的なことですが、場にふさわしいマナーや振る舞いを忘れないように注意しています。また、“You should…” “You’d better…” といった強い言葉(文型)は使わず、笑顔で接し、協力的な対話を心がけています。主張しつつも押し通しすぎないよう、どうしても曲げられない大事なことは毅然として伝えつつ、にっこりとあくまで友好的に接するのがポイントです。

また、(日本語通訳者に限りませんが)通訳者は“Diva”だと影で呼ばれることもあり、扱いにくいと思われていると聞きます。私は、クライアントに非協力的だと思われては損しかしませんので、建設的な議論に変えることができると確信がある場合を除き、苦言を呈することは控えています。弱気なのではなく、時間と労力の無駄だとよくわかっているからです。

またイギリスでは、昼食やお茶(コーヒー)休憩を無視したミーティング進行は大変嫌われます。マナーが悪いと受け取られ、関係が悪化しかねないので、イギリスの文化に慣れていない日本のクライアントと仕事をするときは、そのような風習の違いについてもサポートするようにしています。

コロナ前、会議通訳誕生100年を祝してジュネーブILOで行われた会議で再会した通訳仲間たちと。

※ 写真/平松里英さん提供

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