• 翻訳

2023.05.25 UP

Vol.6 実務翻訳者 鈴木立哉さん

Vol.6 実務翻訳者 鈴木立哉さん
※『通訳翻訳ジャーナル』2019年夏号より転載

通訳者・翻訳者の本棚を拝見し、読書遍歴について聞くインタビューを特別掲載! 
第一線で活躍するあの人はどんな本を読み、どんな本に影響を受けたのか。本棚をのぞいて、じっくりとお話を伺います。

時間のあるうちに存分に
『楽しむための読書』をすべきです

鈴木立哉さん
鈴木立哉さんTatsuya Suzuki

実務翻訳者。一橋大学社会学部卒。米コロンビア大学ビジネススクール修了(MBA)。証券会社勤務などを経て、2002年に翻訳者として独立。主にマクロ経済や金融レポートの翻訳を手がける。訳書に、『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(英治出版)、『FUZZY-TECHIE イノベーションを生み出す最強タッグ』(東洋館出版社)など。著書に『金融英語の基礎と応用 すぐに役立つ表現・文例1300』(講談社)。

深い感銘を受けた孤高の教育者3人の本

経済・金融を専門とする実務翻訳者の鈴木立哉さん。経済・ビジネス系の出版翻訳も手がけており、2018年1月に発売された16冊目(翻訳協力作を含む)の訳書『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』はベストセラーとなり、「ビジネス書大賞2019〈経営者賞〉」など、多数のビジネス本関連の賞を受賞した。

二面の壁を背に、床から天井まで隙間なく収まった本棚は、最近、仕事場を耐震リフォームした際に作ったもの。本棚1本分の本を減らしてなお、英語や翻訳系のもの、金融・経済関連、日本文学、時代小説にミステリ、原書、自身の訳書など、多様な本が所せましと並ぶ。

仕事場の天井の高さにぴったり合った本棚。

とはいえ、本をしっかり読み始めたのは大学生になってから。高校時代は「日本文学といえば夏目漱石」のような押し付けに反発があり、また「翻訳書は読まないと決めていた」という。「語学ができれば必要ないと(笑)。そのくらい英語を一生懸命、勉強していました」

そんな考え方を一変させたのが、大学入学後、一般教養科目として受けた日本文学のクラス。食わず嫌いだった漱石の面白さに目覚め、以後、漱石や芥川ら日本文学の定番を読み漁った。

「『1カ月1万ページ』とかノルマを決めて、年間200〜300冊は読破したと思います。読書論とか作家の読書遍歴の類もずいぶん読みました」

会社員になると、仕事で成果を出すためにビジネス系の自己啓発書を読んだり、英語力を鍛えるためにエンタメ系のペーパーバックを乱読したりした。そういうなかで出会ったのが、生き方の手本としたくなるような教育者たちの本。とりわけ『偉大なる暗闇―師 岩本禎と弟子たち』(高橋英夫)、『評伝 粟野健次郎』(西田耕三)、『予備校の英語』(伊藤和夫)の3冊には、深い感銘を受けた。

孤高を貫き、一つの道を突き詰める―そんな生き方に感銘を受けた3人の教育者の本。鈴木さんにとってはミステリ作家・横山秀夫の『第三の時効』も同系だという。「ある県警が舞台の短編集で、天才的な捜査をする3人の刑事が出てきます。彼らについて『共通するのは、「情念」「呪詛」「怨嗟」といった禍々しい単語群だろうか。田畑は事件で食ってきたが、彼らは事件を食って生きてきた』と書かれてあって、僕はこういう文章にしびれる(笑)」

「岩本禎は旧制一高のドイツ語教師で、粟野健次郎は旧制二高の英語教師。二人とも一生独身で、語学教育に生涯を捧げた伝説的な教師です。伊藤和夫さんはご存じのとおり、駿台予備校の英語講師をされていた方で、岩本や粟野に通じるところがあります」

「要するにこの3人は、自分の道をとことん突き詰めた孤高の人。彼らのような生き方に憧れるんですよ。仕事でつらいことがあるとこの3冊を読み返していましたし、今は翻訳者として、彼らのようにありたいなと思っています」

鈴木さんの訳書が並ぶ棚。メインは産業翻訳だが、これまでに多くの訳書を手がけている。金融翻訳者としての知識を生かした経済・経営関連の本がメインだ。

※ 『通訳翻訳ジャーナル』2019年夏号より転載 取材/金田修宏 撮影/合田昌史

Next→毎日の習慣は