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Web3業界で日英通訳者として働く、大谷かなこさんによる連載!
「Web3ってなに?」「最近よく聞くけど、難しそう……」といった疑問に答え、いま需要が増えている、Web3業界での通訳のお仕事について解説していただきます。
通訳者だけではなく、「Web3」について知りたい翻訳者の方も必見です。
こんにちは! 大谷かなこです。
みなさんは「AMA」という言葉を聞いたことがありますか?
AMA(エー・エム・エー)は「Ask Me Anything(何でも聞いて!)」の略で、Web3業界では非常に頻繁に開催されるオンラインイベントの一つです。
前回の記事でご紹介した「大型カンファレンス期間中の通訳案件」は主にオフライン通訳が多いので、その後「海外に住んでいるので残念ですがお引き受けできません…」という声も耳にしました。
そこで今回は、住んでいる場所に関係なく、今すぐ挑戦できるWeb3通訳案件として「AMA通訳」についてご説明します。
AMAはオンライン開催のため、インターネット環境さえ整っていればどこに住んでいても通訳案件を引き受けることができます。通訳デビュー案件にはもってこいと言っても過言ではありません。
そこで今回の記事では、
・AMAとは?
・通訳者としてどんな準備なのか?
・当日のAMA開催中に気を付けることは?
など、リアルな現場の様子をお見せしながら、AMAについてご紹介していきます。

「AMA」= Web3ならではのライブ配信イベント
Web3業界で頻繁に開催されている「AMA」は、Web3企業の代表者やプロジェクトのプロデューサーなどが登壇し、リスナー(ユーザー)からの質問にリアルタイムで答えるライブ配信イベントです。
主に自社サービスの発信をしたい企業やプロジェクトが、国内外のコミュニティやKOL(インフルエンサー)とコラボレーションして企画・開催することが多いです。
(↓AMAの告知の例)
📢お知らせ
日曜日20:00からDEG ServerでEdgeX @edgeX_exchange とのAMAを行います。豪華景品でお待ちしております!またDEG ServerのVIPにも特別プレゼントできる予定です🙌
Discordの入口はこちらから!https://t.co/xNVlnxOAqa pic.twitter.com/Cbkm0sptzE
— DEG (@DEG_2020) April 10, 2025
開催場所はさまざまで、主に以下のようなプラットフォームが使われます。
• X(旧Twitter)のスペース
• Discord(特定のコミュニティ内チャンネル)
• YouTubeライブ配信
Xでは主にスペース機能を活用してAMAを開催します。登壇者の音声だけで進行することが多いですが、最新情報が掲載されたX投稿を掲載&ピン止めすることもあります。
Discordで行う場合は「ステージチャンネル」を使うことが多く、公式ウェブサイトやサービスページ、動画などを画面共有しながら進行します。参加者のみなさんはチャット欄にテキストでコメントをしたり、追加で質問をします。
またはDiscordで生配信をしている様子を、同時にX(Twitter)やYouTubeで配信する、といったケースもあります。
AMAでは、登壇者が自らプロジェクトのビジョンや開発状況、今後の展望を語ったり、事前に集めた質問に回答したりします。そしてリスナーは、生配信中にチャット欄で質問やコメントを投稿することができて、それに登壇者がリアルタイムで応えるという、ライブ感あふれるイベントとなっています。
代表と直接話せる!? Web3ならではのイベント
一般的な企業イベントでは、一般の人が社長や代表者と直接会話できる機会はほとんどありません。しかし、Web3業界ではこのAMAのように、プロジェクトの中心人物とユーザーが直接お話しできる機会が多く存在します。
これは、Web3という分散型の文化がベースにあるからこそだと思っています。運営側とコミュニティが「対等な立場」で共にプロジェクトを盛り上げていくという考え方があり、AMAはその象徴的な存在とも言えます。
AMA通訳に入るシチュエーションには、海外の登壇者と日本のリスナー、あるいは日本の登壇者と海外の視聴者という組み合わせが頻繁にあります。ここで通訳の出番です!
AMA開催中、通訳者には主に次のような役割があります。
・逐次通訳①:各スピーカーの発言後に通訳
・逐次通訳②:チャット欄に届いたコメントを読み上げて通訳
・チャットのコメント翻訳(※必要に応じて)
AMAはオンライン開催なので、インターネット環境さえあれば、自宅からどこにいても対応ができます。地方在住でも海外在住でも、機材と環境が整っていればフルリモートで活躍できるところが大きな魅力です。
AMA通訳の事前準備リスト
通訳としてAMAに参加する際には、事前の準備が非常に重要です。特に私は普段AMAに入る前に、以下の4つをしっかり確認するようにしています。
✅ AMA通訳の事前準備リスト
1. 開催日時&使用するプラットフォーム
2. 台本&事前質問リストの有無
3. プロジェクトの概要リサーチ
4. 通信環境と音声テスト(※開始15分前にはスタンバイ!)
1. 開催日時&使用するプラットフォーム
まず最初に確認すべきは、開催日時(タイムゾーン含む)と配信場所です。
Xのスペースで開催する場合、スマホ(iOSまたはAndroidのXアプリ)からスペースに入らないとスピーカーになることができないので気をつけましょう。DiscordやZoomはパソコンとスマホの両方から入れますが、できればパソコンから入る方がおすすめです。登壇者が共有する画面やリスナーのチャットを見ながら通訳に入ることが多いからです。
Discordで開催する場合、まず特定のサーバーに入るための手続きに時間がかかります。前日までにサーバーのリンクを受け取って、コミュニティサーバーに入る手続きを済ませておきましょう。
またサーバー内にたくさんのチャンネルが用意されていることが多いため「どのチャンネルでAMAを開催するのか?」もしっかりと確認しましょう。私はよくDiscordサーバー内で迷子になってしまうため(笑)、「AMAを開催するチャンネルのリンクを送ってください」と依頼するようにしています。
2. 台本&事前質問リストの有無
AMAはフリートーク形式のときと、主催者があらかじめ進行台本を用意するときもあります。台本があるかどうかは事前に確認して、ある場合は前もって入手しておきましょう。用語の確認や専門的な表現の準備をするときに役立ちます。
台本の他にも、参加者から事前に質問を募り、それをまとめた「事前質問リスト」が用意される場合もあります。このリストは通訳の貴重な資料になります。日本語から英語、あるいは英語から日本語への翻訳を事前に準備しておくと、当日の通訳もスムーズになります。
また事前質問リストを登壇者に共有していて、事前にそれぞれの質問の回答が分かる状態でAMAに挑めるケースもあります。初めてAMAに通訳として入るときは「事前質問リストに掲載されている質問の回答を、事前に知ることはできますか?」と確認しておくと安心です。
しかし事前に登壇者の回答が分かる状況だとしても「本番は事前回答をそのまま読み上げればよいから大丈夫!」と気を抜いてはいけません。AMAは生配信=生ものです。登壇者は本番、台本や事前回答に書いている内容と違うことを言うこともあるからです。
・説明するときに使用する比喩表現が、台本に書いてあるものと違う
・登壇者が他のこともついでに話してしまう
・今聞いた登壇者の回答を踏まえて、司会者が台本に書いていない質問を投げかける
こんなことは日常茶飯事です。台本や事前質問リストはあくまで補助的なものとして活用しましょう。
3. プロジェクトの概要リサーチ
AMA通訳の最大のポイントは、「そのプロジェクトに関する知識をどれだけ事前に頭に入れておけるか」にかかっていると言っても過言ではありません。
通訳者の立場として、プロジェクトの概要や背景、直近のニュースはあらかじめ把握しておきましょう。私はいつも、依頼元から公式ウェブサイト・SNS・ホワイトペーパーなどのリンクを共有していただき、それらをChatGPTに入力して「プロジェクト概要を500文字でまとめて」と依頼しています。こうすることで、短時間でもプロジェクトの全体像を日本語でしっかり理解できます。
※注意:ChatGPTなどのツールを使って予習を行う際は、機密情報を絶対に入力しないことを徹底しましょう!
また、AMAが開催されるタイミングは、プロジェクトが新しい動きを控えている場合が非常に多いです。たとえば、
・新サービスのローンチ
・サービス内トークン(仮想通貨)のTGE(※第2回連載記事参照)
といった「ビッグニュース」が予定されているから、積極的にさまざまなコミュニティとコラボレーションしてAMA生配信を開催する動きをよく見かけます。
(※新たなトークンのTGEに向けて行われるAMAの例)
https://x.com/palpalNFT/status/1930250638329557270
リスナーさんも上記の内容についていち早くキャッチするために参加する人が多いので、そのような情報は通訳者としても事前に察知しておくと訳出がスムーズになります。
私の場合は、公式Xの直近の投稿を最低でも5件はチェックするようにしています。それから依頼元に「直近で何か大きなアナウンスを予定されていますか?」と聞いてみるのも1つの方法です。
4. 通信環境と音声テスト
AMA当日は、生配信のため通信環境の安定性と音声機材のチェックが非常に重要です。イベント開始の10分前には必ずスタンバイし、音声テストを済ませておきましょう。場合によっては、登壇者側との事前の接続確認やブリーフィングが設けられることもあります。
特に事前のブリーフィングはAMA通訳において重要です。なぜなら登壇者の英語スピーキングの傾向(アクセントや話すスピードなど)を事前につかむことができるからです。
本番で通訳を入れるタイミングも直接登壇者としっかり確認することもできるので、リハーサルが設けられていない場合でもこちらから「開始15分前にご挨拶も兼ねて一度オンラインでお話しできませんか?」とご提案するようにしましょう。
AMA当日は予測不能!? それでも通訳者が心がけたいこと
AMAは生配信イベントのため、例えば以下のような予期せぬトラブルがつきものです。
1.テック系トラブルが発生する
2.リスナーからネガティブなコメントを直接受け取る
3.登壇者の話が長く、通訳を入れるタイミングが分からない
まずは今まで書いてきた事前準備をしっかり行うことが大切ですが、準備万端でAMAに挑んでも上記のようなトラブルは避けられません。いかなるトラブルが起きたときも、すぐに正確に伝えることが重要です。
ネットが落ちても、焦らず対応する
AMAはネット環境が大きく影響する環境なので、以下のような予期せぬテック系トラブルが起こることもあります。
・XのスペースやDiscordサーバー内に入れない
・上記に入れても、突然Xスペースが終了してしまう
・登壇者の1人のネット環境が突然落ちてしまう、など
普段からラジオ感覚でXのスペースを視聴してみたり、Discordに触れてみたりすると当日安心して通訳のお仕事に挑めますよ!
万が一、ご自身のネット環境が落ちてしまった場合は、すぐにAMAの運営の方に連絡をしましょう。他の登壇者のネット環境が突然落ちてしまったときは、司会の方と連携を取りながらリスナーに状況を説明することもあります。
ときには登壇者が戻ってくるまで、司会者とフリートークで場を繋いだこともありました(笑)せっかく時間を割いて聞きにきてくださったリスナーをいかに楽しませるか? を考えるエンターテイナー性はAMA通訳においては歓迎要因かもしれません。
ユーザーのコメントは正確にデリバリーする
それからAMAは、良くも悪くもユーザーと直接交流できるイベントです。たとえばサービス内で何かトラブルが起きた後に開催されたAMAは、サービスに対して不満がたまっているリスナーが多く視聴します。ごくまれに、ネガティブなコメントをストレートに受け取ってしまい、それを登壇者に通訳しないといけない……なんていう状況もあります。(※とてもレアなケースなのでご安心ください!)
AMAが開催される背景がいかなる状況であったとしても、通訳者がまずやるべきことは双方の伝えたいことを正確に伝えることです。
たとえば、あるサービス内でトラブルが起きた後に開催されたAMAでこんなことがありました。最初は不満の多いコメントが多かったものの、登壇者が丁寧に状況を説明して質問にも1つひとつ回答した結果、最終的に真摯にリスナーの質問に回答する姿勢が「やっぱりこのプロジェクトは信頼できる!」とリスナーに評価されたのです。
特にAMA通訳では、登壇者とリスナーの間のコミュニケーションを唯一取り持つ、重要な立場です。リスナーの質問を正確に登壇者に伝えて、登壇者の回答をリスナーのみなさんに伝えることはいつも以上に意識しましょう。
いつも以上に「テンポ」を意識する
それからAMAは多数のリスナーに聞かれるイベントなので、テレビやラジオのようにトークのテンポにもこだわるようにしています。
たとえば登壇者によっては、あまりにも自身のサービスについて語りたくて、一度にたくさん話してしまう方もいらっしゃいます。日本語だけで開催するAMAならよいのですが、2か国語を扱うAMAでは英語での発言が長くなると、日本語しか分からないリスナーを長時間待たせてしまうことになります。
そのため私は可能であれば事前に、登壇者に「1~2分くらい話したら通訳に入るから、私にパスしてください」と伝えるようにしています。
それから通訳のデリバリーもAMA通訳では大切です。リスナーのみなさんに楽しんでもらえるように、話すテンポや伝え方はいつも以上に意識しています。過去に開催したAMAはアーカイブに残るため、通訳として入ったAMAのアーカイブは必ず聞いて「ちょっと早く話しすぎたな……」「ここで言葉が詰まってしまったな……」とデリバリーをふり返るようにしましょう。
まとめ:AMA通訳は「Web3ならでは」を直接体感できる
実はAMA通訳は、私がWeb3通訳において最も大好きなジャンルです。
AMA通訳は、ただのイベント通訳ではなく、Web3の最前線で今まさに動いているプロジェクトや技術に触れることができる、非常に貴重な経験です。海外プロジェクトの考え方や、国内外ユーザーとの温度感の違いなど、学びが多いのも魅力のひとつです。
実は日本国内だけでも、AMAを主催するWeb3コミュニティにはそれぞれ違う特徴や文化があります。いろいろなコミュニティの人たちとチャット欄で交流するのもとても楽しいですよ!
これからWeb3業界での通訳にチャレンジしたいと考えている方は、まずAMAから始めてみるのもおすすめです。また日本語のみのAMAもWeb3業界では頻繁に開催されているため、最新情報をキャッチする方法としても活用してみてください!
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カリフォルニア州立大学チコ校卒業。Web3コンサルティング企業「0x Consulting Group」専属通訳。「Web3専門の通訳」として、社内会議だけではなく国内Web3イベントや記者発表会にて逐次・同時通訳に携わる。国内最大規模のWeb3カンファレンス「WebX」では西村経済産業省大臣や「2ちゃんねる」創設者ひろゆきの登壇セッションにて同時通訳も担当。数々のWeb3プロジェクトに携わる中で「言語の壁」が業界で大きな課題になっていることを痛感し、「同業界にて日本と世界を繋ぐ仲間を増やしたい」という想いから通訳者向けにWeb3教育も行っている。好きな英文法は「関係代名詞」。
Xアカウント:@CryptoGirlsFan