2025.03.21 UP
第12回 スポーツ通訳者の準備—ルールや用語の他にも覚えることがたくさん!

会議通訳者、兼、スポーツ通訳者として活躍されている、平井美樹さんによる連載コラム!
日本スケート連盟の通訳者として数多くのフィギュアスケートの大会で通訳を務めるほか、五輪やサッカーW杯、ラグビーW杯にも通訳として関わる平井さんが、フィギュアをはじめとするスポーツの通訳の仕事について語ります。
通訳に欠かせない「準備」の話
スポーツ分野ならではの事前準備はある?
今回はスポーツ分野で活動する通訳者がどのような準備をしているか、一例をご紹介いたします。
私は普段、基本的には会議や放送の通訳をしているので、スポーツのお仕事をお受けする際にはいろいろな準備をします。
フィギュアスケートや野球などまだ馴染みのあるスポーツであれば、最新の情報を仕入れて単語帳をアップデートしてと、ルーチンでこなせます。しかし、自分にとって新しい競技だと大変です。
もちろん、まずは競技について学ぶ。ルールやプレーの用語をおさえる。試合を見て、コメントなどを参考にして、表現集なども作成します。海外のチームの場合は、リーグ、選手やコーチについて基本的な情報を押さえてのぞみます。しかし、スポーツの現場では準備した範囲だけで終わるということはほぼありません。
スポーツはどんな競技でも歴史やデータがよく出てきます。さすがに、細かいデータはわからずに訳せないことがあります。「XX年のYYでの大会でA選手がこんなプレーをして、Bチームが勝利した」などという話題が、話の中でぽっと出てきます。この業界の方々にとっては当たり前のことで、知らないのは通訳者だけということがよくあります。固有名詞も聞きとれない。「そのどこがすごいのか?」という文脈もよくわからない。
こういうとき、みなさんだったらどうしますか?
こんな冷や汗の事態にはよく直面します。私は大恥をかきつつも、やはりわからないことはお尋ねして確認することにしています。しかし、たいてい、その回答は早口で “%&#!&*”(よく聞き取れない)というもの……。お名前などは音だけでとって、似たようなものを出しつつ、その場面で大切な、例に出た試合や選手の凄さや文脈を最低限訳出します。既知の事実確認に通訳者の都合で時間を取りすぎても良くないため、難しいところです。
スコアやデータの知識も必須!
データに関しても同じです。競技にはさまざまなデータがあります。
大リーグでしたらBox Score(ボックススコア、成績データ)を読めることが大前提になります。スポーツ系のネットニュースでは、試合での一球ごとの球種やコースなどの情報が即時にアップされますので(pitch by pitch)、試合の生中継を見ながら、それを見るのも良いかと思います。試合の中身に関わる通訳の現場では、こういったデータリテラシーも求められます。

大リーグの実況を英語で聞いていると、多種多様なデータがでてきます。記録保持者から、何年にどんなことがあったかという歴史のデータの他にも、得点圏打率、この対戦相手に対してのデータなどなど。聞き間違えると理解できませんし、生放送ですと一発勝負です。
アメリカの実況中継のアナウンサーは、早口な上にそういった用語を省略して言うので耳に全集中します。中継映像を見ると、そのデータが(省略語で)字幕として表示されることもあるので、そうすると目も凝視。全神経を目と耳に集中させます。それでも落とすこともありますし、聞き取れてもわからないなど失敗することもあります。
その競技について少しでも理解を深めようとすると、ますます難しい、わからないことばかりに直面します。それでも、愚直にひとつひとつを学んでいくと、気がつくと通訳者はその世界に魅了され、“沼”にハマっているのです。
日本の国技、相撲においては一つ一つの技に英訳がありますが、国技であるからこそ、そのまま“寄り切り(Yorikiri)”“押し出し(Oshidashi)”など日本語を使います。一番厄介なのが物言いです。物言いがつくと審判が協議した上で、審判長が説明をします。“行司はXXに軍配を上げましたが、XXがYYの回しを取り、土俵際まで押しましたが、その際にYYの右足が土俵を割るのとXXの足が出るのが、同じタイミングではないかと……、協議の結果、XXの足が先に出ていたので行司軍配通りとします” これを同時通訳しようとすると、「XX」と「YY」や、「右足」「左足」などがどちらなのか複雑で、母国語なのに聞き逃すとおしまい! というプレッシャーに冷や汗をかきます。
競技の基本、歴史、データ、競技固有の表現など、勉強が追いつかないのが現実です。自分の知識不足を痛感しながら、本番に向けての緊張と恐怖感と戦いながら準備を進めます。
ここで、やはりアスリートから学んだことは、ある時点まできたら、睡眠をとり、本番にベストコンディションで望むというモードに切り替えることです。スポーツの現場は体力勝負。通訳者も通訳のみならず、番組制作スタッフやレポーター、チームのメンバー、大会運営者などいろいろな役割を柔軟にこなせることが求められることもあります。だからこそ、日頃からの鍛錬と、勉強を重ね、本番力で乗り切ります。アドレナリンラッシュが続く日々ですが、スポーツのおもしろさを伝えるお手伝いができるのは幸せだなと実感できます。
いくら調べても追いつかない苦しさもありますが、調べるほどにその競技にハマっていく楽しさもある……今回はそんなスポーツ通訳の「準備」についてのお話でした。
どれだけわかる?
野球Box Scoreに出てくる略語を紹介!
以下は、野球のボックススコア(試合におけるチームや選手の成績を記録したデータ)で使われる略語です。野球の試合での通訳では必須の知識となります。
それぞれの言葉の意味もぜひ調べてみてください!
AB:At Bats | R:Run | H:Hit | RBI:Runs Batted In |
BB:Base on Balls | K:Strike | AVG.:Average | E:Error |
RISP:Runners In Scoring Position | LOB:Left On Base | OPS:On base Plus Slugging | DP:Double Play |
2B:Doubles | 3B:Triples | HR:Home Run | SF:Sacrifice Fly |
IP:Innings Pitch | ER:Earned Run | ERA:Earned Run Average | WP:Wild Pitch |
IBB:Intentional Base on Balls | 2-out RBI:Runners left in scoring position, 2 out |
★前回(第11回)の記事はこちら
★連載一覧はこちら

会議通訳者兼スポーツ通訳者、 日本スケート連盟通訳者。学生時代にESPN Sports Centerを翻訳するアルバイトから通訳の道に入る。NHKの大リーグ、NBA、NFL放送の通訳スタッフ、広告代理店の社内通訳を経て、現在はニュース、国際関係、安全保障、企業買収からエンタメ、相撲の英語放送までをこなす放送・会議通訳者。五輪やサッカーW杯、ラグビーW杯にも通訳として関わるほか、日本スケート連盟の通訳者でもあり、数多くのフィギュアスケートの大会で通訳を務める。日本から海外へのPR、エグゼキュティブ向けグローバルコミュニケーションコンサルタント、企業からアスリートまでのメディアトレーニングも手がける。
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