ネイティブが使う粋な英語表現を現場からお届け! グローバル化が進み、英語が飛び交う製薬業界。製薬会社で活躍している社内通訳者が、グローバルビジネスの現場で流行っていたり、よく耳にしたりする英語表現を紹介します。
通訳をしていると、「通訳さん、この表現は通訳できるかな?」と言いながら、わざと小難しい日本語表現を使って通訳者の力試しをするクライアントがいます(笑)。私の場合、「五月雨式に」がそれでした。「五月雨式に」の元来の意味は梅雨時の雨のように「断続的に」ですが、その会議の文脈での意味は「できたものから1つ1つ(五月雨式に)送ってほしい」というものでした。では、この「五月雨式に」を英語でどのように表現したらいいでしょうか。
会議では「1つ1つ」という意味を取って“one by one”と訳出した記憶があるのですが、会議後に、今回ご紹介する“on a rolling basis”という表現を使ってもよかったかな、と思ったのを覚えています。“roll”は「転がる」ですが、「転がりながら」という意味から派生したのでしょうか、その動名詞“rolling”は形容詞的に使われると「段階的な」という意味を持ちます。“basis”は「基盤」という意味ですから、“on a rolling basis”とすれば「段階的な基盤で」⇒「段階的に」「1つ1つ」「順次に」「五月雨式に」という意味になります。
類似表現には、上述の“one by one”に加えて、“step by step”があります。“step by step”は単語間にハイフンを入れて“a step-by-step approach”(段階的アプローチ)のように形容詞的にも使用されます。“a stepwise approach”も同じ意味ですね。また「五月雨式」を“in a staggered manner”と訳出していた同僚通訳者もいました。“stagger”は「交互に(ずらして)配置する」という意味の動詞で、「少しずつずらした(staggered)形(manner)で(in)」⇒「五月雨式に」となります。こちらもぜひ参考にしてください。
この“rolling”という言葉を意識するようになったのは、私が専門とする製薬通訳で“rolling submission(段階的申請)”という用語に出くわしたからでした。通常、新薬の申請資料は1度にまとめて当局に提出し審査をしてもらうので一定の時間がかかりますが、“rolling submission”では審査のスピードを上げるために例外的に段階的な資料提出が認められています。このプロセスから考えると“rolling”の意味も分かりやすいですね。
“rolling”で思い出すのが、“A rolling stone gathers no moss.”ということわざ。高校の英語の授業で覚えた方も多いでしょう。日本語は「転石苔むさず」「転石苔を生ぜず」で、もともとは転がる石のような根無し草の人間は成功しない、という意味でした。ですが現在では、転がる石のように常に新しい環境を求める人間は成功する、という逆の意味もあるようです。
閑話休題。具体的には次のように使えるでしょう。
(人事部で採用の話をしていて)
A:Will we recruit on a rolling basis?
B:No, we won’t review applications until after the deadline has passed.
A:五月雨式に順次、採用を進めるのかな?
B:いいや、締め切り後に[まとめて]応募書類の審査を開始する予定だよ。
ぜひ使ってみてください!
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日米の大塚製薬を経て、現在は製薬CRO・シミックのシニア通訳者 兼 フリーランス通翻訳者。立教大学(社会デザイン学 [博士])、モントレー国際大学院(翻訳通訳 [修士])卒。英検1級、全国通訳案内士、国連英検・特A級(外務大臣賞)。日本会議通訳者協会(JACI)のHPでコラム「製薬業界の通訳」を、『通訳翻訳ジャーナル』(2022-23年)でコラム「専門分野の通訳に挑戦【製薬編】」を連載していた。編著書に『環境人文学 I/II』(勉誠出版)、『ジェンダー研究と社会デザインの現在』(三恵社)がある。 立教大学・兼任講師/研究員、社会デザイン学会・理事。趣味は小6から続けているテニス。