
それぞれの経験を語る住田さんと平山さん
挫折を乗り越えて 未経験から翻訳者デビュー
住田さんも平山さんも、特許翻訳に関してはゼロからのスタート。住田さんは書店でイカロス出版刊行のムック『産業翻訳パーフェクトガイド』を手に取ったことがきっかけで、特許翻訳者への道を歩みはじめたという。
「新卒で就職した会社を結婚・出産のため2年で退職し、その後は夫の海外駐在に帯同して子育てに忙しい日々を送っていました。2度目の海外駐在から帰国した時、書店で何気なく手に取った『産業翻訳パーフェクトガイド』で初めて産業翻訳のことを知ったんです。そこには産業翻訳の中でも特許翻訳は需要が安定していること、単価が他の分野に比べて高めであること、そしていちばん最後に『文系出身者、主婦も多数活躍中』と書かれてありました。心のどこかにきちんとしたキャリアを築けなかったコンプレックスもあった私の背中を押してくれたような気がして、特許翻訳の勉強を始めました」
一方、平山さんは子育ての真っ最中。小さな子どもがいることから、自宅でできる仕事に就きたいと考えていた。
「私と同じように帰国子女で化学専攻だった大学の同級生が、翻訳の仕事をめざしていると話してくれたことがきっかけです。私も挑戦してみたいと思い『産業翻訳パーフェクトガイド』を読んでみました。すると、特許翻訳はまとまった量を任されることが多いと知り、収入が安定するのではないかと思い特許翻訳者の道を選びました」
おふたりとも特許翻訳者を多く養成してきたサン・フレア アカデミーへの通学を決めるが、翻訳者になるまでの道のりは決して平坦ではなかった。住田さんは家事や育児に追われて課題を半分ほどしか提出できず、平山さんはあと一歩というところでTQE不合格が続いた。けれどもふたりとも「特許翻訳者になる」という強い意志を持っていた。住田さんは最後の2ヵ月でそれまでの課題をすべて提出し、TQEを受験して合格。平山さんはTQEの答案と講評を何度も読み返して勉強後、サン・フレアの研修制度「OJT」を利用して実務経験を積み、翻訳者デビューを果たす。まさに、「未経験から特許翻訳者としてのスタート」を切ったのである。
人手不足の特許翻訳 未経験者にもチャンスあり
特許翻訳者になるまでの道のりを聞いた後は、特許翻訳のやりがいや難しさは何か、1日の仕事量、気になる収入について講演。住田さん、平山さんともに駆け出しのころに比べて収入は上がっており、特許翻訳はさまざまな翻訳ジャンルの中でも、努力次第で稼げる分野であることが明らかになった。
住田さんと平山さんの講演に続いて、サン・フレアのリソースマネージャ、野澤さんより翻訳業界の動向、登録翻訳者の属性や傾向、機械翻訳の現状などについてお話があった。特許翻訳は景気に左右されにくいためコロナ禍の影響もほとんど受けず、受注件数も堅調に推移。医薬やバイオテクノロジーなど需要が大幅に増えた案件もあり、サン・フレアには1ヵ月に1200件ほどの依頼があるという。
機械翻訳やポストエディットについても、特許翻訳においては現時点では導入しているクライアントは少数派だ。
「特許書類は法的に効力を持つ権利書です。原文に書かれた内容を正確かつ忠実に訳すことが求められますが、機械翻訳はまだそのレベルに達していません。今後、機械翻訳の精度が向上していけば、多少シフトしていくこともあるかもしれませんが、人の手による翻訳が完全になくなることはないと考えています」
特許翻訳者に求められるものは、言語運用能力、ITスキル、基本的なビジネス感覚やコミュニケーション能力など、他の産業翻訳者と変わらない。サン・フレアで活躍している特許翻訳者のバックグラウンドもさまざまとのこと。翻訳の世界は実力主義であり、未経験者でも力さえあれば安定受注につながるそうだ。
「大切なのは『よいものを納品する』という責任感です。特許請求の範囲(クレーム)の表現方法など特許に関する基礎知識は必要ですが、それは後付けで学習できます。弊社でもベテラン講師の下で集中的に学び、翻訳支援ツールを無償提供するOJTプログラムを新たに用意するなど、支援体制を整えています。特許翻訳は総じて人手不足ですので、多くの人に参入していただきたいと思います」
現役翻訳者の勉強法に 参加者から大きなリアクション
特許請求の範囲(クレーム)の表現方法など、特許翻訳者になるための基礎的な知識や多様な実務への対応力は、翻訳スクールに通うことで効率的に身につけられる。ここからはサン・フレア アカデミーの石岡さんが、特許翻訳の講座と翻訳実務検定「TQE」について説明した。サン・フレア アカデミーでは特許翻訳者をめざす人のため、初級講座「はじめての特許翻訳」をはじめ中級、上級、実践講座など実務に即したレベル別の講座を多数用意。通信、通学、オンラインとライフスタイルにあわせて受講形態を選べる。また、2023年に100回目を迎える「TQE」に合格するとサン・フレアの登録翻訳者となることができ、未経験者でもほとんど仕事が発注されるとお話があった。
その後5分間の休憩をはさんで、ウェビナー参加者からの質疑応答に翻訳者のおふたりと、サン・フレアの野澤さん、石岡さんが回答。多くの参加者から寄せられた「特許翻訳者になるための勉強法」という質問に答えるため、住田さんが披露した手製の単語ノートには、たくさんの「いいね!」リアクションがあり、参加者の意識の高さがうかがえた。
セミナー後、住田さんは「特許翻訳は、私のことを心底夢中にさせてくれて、自己実現へと導いてくれました。特許翻訳に出会って本当に良かったと思っています」と、そして平山さんは「くじけそうになっても細々とでも続けていけば必ず翻訳者になれます。どうか今がんばっている方も、これからめざす方もけっして諦めないで継続してください」と語ってくれた。
120名ほどの参加申し込みがあった今回のウェビナー。参加者からは「とても参考になった」「特許翻訳者になるまでの道のりがよくわかった」など、好意的な感想が多数寄せられている。今後も、通訳者・翻訳者をめざす人の指針となるウェビナーを開催する予定なので、お楽しみに。

左からサン・フレア アカデミー スタッフの石岡さん、住田さん、平山さん、サン・フレア リソースマネージャの野澤さん