母体である翻訳会社がプロデビューを強力サポート
少人数制と短期集中型カリキュラムが魅力の映像翻訳スクール

映像翻訳に定評ある翻訳会社ワイズ・インフィニティでは、プロ育成のための映像翻訳者養成スクールを併設している。少人数制のもと、現役プロが必須のスキルを徹底指導。初心者でも1年で修了できるカリキュラムが大きな特徴だ。修了後のトライアルに合格すれば、ワイズ・インフィニティの登録翻訳者としてプロデビューすることも夢ではない。
訪問クラス 英日字幕講座 実践科
経験豊富な一線級のプロが原則と応用を指南する
「英日字幕講座 実践科」は、ドキュメンタリー、リアリティ番組、特典映像などを教材に、字幕翻訳の実践的なスキルを学ぶコース。プロ育成を主眼にしており、修了後には、母体である翻訳会社のトライアルを受験できる。
見学したのは、全3回で行われるドキュメンタリー演習の最終回。講師を務めるのは字幕翻訳家の風間綾平先生であり、劇場作品に豊富な実績を持つプロがどんな指導をされるのか、非常に楽しみだ。
この演習で使う素材は、北極圏に暮らす動物たちの生態を追ったテレビ番組。受講生たちは実際の仕事と同様、字幕制作ソフト「SST」を使って字幕をつくり、事前に提出する。SSTの操作については、コースの序盤で学習済みとのことだ。
授業は表記チェックから始まる。
「(氷が)溶ける→解ける」、「(光が)射し込む→差し込む」、「○ケ月→○カ月」といった具合に、風間先生はテンポよく正していく。いずれも、業界標準である『朝日新聞の用語の手引』に則った訂正だ。とはいえ、例外も許されるらしい。
「○○さんが使った『綺麗』は、『朝日~』に倣うなら『奇麗』とすべきです。でも『奇』は当て字のようなものだし、『奇怪』という言葉を連想させる。私だったら『きれい』と平仮名にしますね」
まさに「原則と応用」。こうしてベテランの経験知にふれられる点に、プロに学ぶ意味がある。
表記の確認が済むと、字幕の検討に移った。受講生の字幕を載せた映像をモニターに映し、それを見ながら風間先生がコメントしていくスタイルだ。
「皆さん、dead sealを『アザラシの死骸』としていますが、『死体』ではダメですか?」
いきなり問いかける風間先生。受講生たちは「『死骸』には朽ちているイメージがあるから、こちらを選んだ」「動物は『死体』とは言わない気がする」などと返答する。その根拠が感覚的なものであるためか、風間先生は「以前に出てきた『凍結/結氷』といっしょで、ここは言葉の意味をよく考えないといけません」と、諭すように続けた。
「結論から言えば『死骸』でいいです。『死体』が生き死にを問うような状況で使うのに対し、『死骸』は物質としてとらえる場合に使います。たとえば、ゾンビは『生ける死体』であって『生ける死骸』とは言わないでしょう? 言葉の使い分けに迷ったら、ちゃんと調べるようにしてください。『死骸 死体違い』として検索すれば、いくらでも出てきます」
字幕翻訳のポイントは原文解釈と流れの把握にあり
その後も、風間先生はさまざまな角度から指導していく。訳語について、「starveは『飢える』ではなく『餓死する』にしないと、冬の北極の過酷さが伝わらない」などと指摘すれば、「ここは字幕を2枚に分けずに1枚にすべき」と、映像を見ながら、ハコ切り(セリフのどこからどこまでを1枚の字幕とするかを決める作業)のアドバイスも行う。「霧堤」(fog bank)という言葉をめぐり、「画像検索をして実際の様子を確認すれば、視聴者に伝わりやすい『霧の塊』ぐらいの意訳はひねり出せる」と、裏技を伝授する場面もあった。
こうした指導にふれる中、ポイントが二つあるように思った。
一つは「正確な原文解釈あっての字幕」。この日も、一見よくまとまっている字幕に見えて、じつは誤訳しているケースがあった。「だから、常に原文に立ち返り、その意味を正確に読み取らなければいけません」と風間先生。
もう一つは「全体の流れを意識する」という点だ。
「なぜ、still look outのstillを訳さないとダメなのか。ここまでの流れを確認すると、仲間を探しに出たセイウチの話をした後、クマ一家の話を挟み、またセイウチの話に戻っています。その間の時間の経過と『あのセイウチ』であることを伝えるためにstillと言っている。だから、絶対に訳出する必要があるんです」
訳出できる情報が限られているからこそ、原文のすべてを理解する必要があり、字幕が1枚ずつに分かれているからこそ、流れやつながりを意識しなければならない。受講生たちはこの日、そんな学びを得たのではないだろうか。
2時間の授業は30分オーバーして終了した。その超過は、受講生一人ひとりに向き合う、風間先生の誠実さの表れであるに違いない。
講師コメント

英日字幕講座 実践科
風間綾平先生
かざま・りょうへい/立教大学経済学部卒。証券会社勤務を経て、日本語版制作会社の外部スタッフとして字幕演出に携わった後、字幕翻訳家に。『少林サッカー』『オデッセイ』『ボヘミアン・ラプソディ』『Mr.ノーバディ』『ザ・ビートルズ:Get Back』『リスペクト』『渇きと偽り』など、字幕作品多数。
自分で考え、自分で判断する。そんな姿勢をぜひ身につけてください。
翻訳は、数学のように公式を覚えれば正解を導き出せる、というものではありません。授業ではいろいろと具体的な解説をしますが、あくまでその課題に限っての話。肝心なのは、なぜ間違えたのかを考え、どうすればミスを避けられたかに気づくことです。ですので、ただ「違います、こうです」と伝えるのではなく、なぜそのように訳したのかを尋ね、過程を振り返ってもらうようにしています。「自分で考え、自分で判断する」という姿勢を、ぜひ身につけてほしいですね。
プロになれば、新たな仕事を請けるたびに、さまざまな「わからない」に直面します。そのときにどう解決するかは、やはり自分で考えるしかない。自分で考え、自分で工夫して解決してこそ、血となり肉となるのです。教わるのはラクですが、ラクをしているだけでは、実力はつきません。
字幕翻訳では、全体の流れをとらえることが大事です。流れがつかめていれば、おのずとどの情報を残すべきかが見えてきます。また翻訳者の適性としては、何事にも興味を持てるほうがいいでしょう。たとえ恋愛ドラマであっても、主人公が銀行員であれば、為替の話になったりします。そのときに、嫌々ではなくおもしろがって調べられるほうが、絶対に得だろうと。少なくとも私は、調べる以上は楽しもうと決めています。
翻訳は、ワークショップというかたちで学ぶ以外に、上達の道はありません。プロの導きのもと、訳文を持ち寄ってディスカッションできる場は貴重です。そこに、翻訳者養成学校の存在意義があるのだと思います。