産業翻訳業界×MT
今、なぜMTなのか
現在、産業翻訳業界を語る上で外せないのが「機械翻訳(MT)」である。そもそも機械翻訳(MachineTranslation:MT)とは、人間でなく機械(コンピュータ)が実行する翻訳のことで、プログラムがコンピュータを制御して異言語間の変換を行うことである。1940年代から研究がすすめられ、1980年代には商品化が始まった技術だ。
以前からの技術としては、入力を文法ルールに従って分析して、対訳辞書と変換のルールを使って翻訳する「ルールベース翻訳」(RBMT)と、大量の対訳データから確率付きの対訳辞書を作り、ほかの確率と組み合わせて翻訳する「統計翻訳」(SMT)などがある。
現在メインとなっているのは脳の神経細胞を模した〝ニューラルネットワーク〟を使った「ニューラル翻訳」(NMT)である。2016年にGoogle翻訳が新技術のNMTを利用するようになってから、その高い精度が注目を集め、翻訳を発注する企業側もMTの利用に関心を持つようになってきた。
現在、さまざまな企業・組織がMTエンジンの開発に着手しており、Googleのほかにも、MicrosoftやAmazon、DeepL、日本のNICT(国立研究開発法人 情報通信研究機構)などがリリースしているNMTエンジンがある。MTの精度は日々進化している。
MT対応に注力する翻訳会社が増加中
広く一般からも注目されている機械翻訳(MT)だが、産業翻訳の現場でのニーズはどうなっているのか? 翻訳会社にアンケートを実施し「MTを使用する案件への対応」について聞いたところ、「クライアントから要望があれば対応」が37社、「要望もなく対応もしていない」が22社。これは回答のあった78社の47%にあたる。前回(2019年)の同様の調査では、MT対応の翻訳会社が40%程度だったので、確実に増えている。
例えば、さまざまな機械翻訳ソリューションを提供している川村インターナショナルは「みんなの自動翻訳@KI (商用版)」という自動翻訳エンジンをリリースしている。これは、特許・マニュアルなどの長文翻訳を得意とし、特許庁などと研究の連携も行ってきた国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が開発した自動翻訳エンジンだ。また、ITマニュアル翻訳などに強いヒューマンサイエンスでは、AI搭載の自動翻訳ツール・自動翻訳ソフト「MTrans Team」といったアプリケーションをリリースしている。このように、従来からの人手翻訳に加えて、MTサービスにも対応している翻訳会社が増加している。
産業翻訳を仕事にする以上、MTに対する翻訳会社・業界の動きを把握して、翻訳者としての対応や戦略を検討していくことが必要な時代になってきている。

ポストエディターが足りない
MTにポストエディットは不可欠
NMTにより翻訳精度は飛躍的に向上したとされ、かつてのRBMTやSMTと比較すると「訳文の流暢さ」が際立っているように思える。ただし、NMTの大きな欠点として、原文の情報の一部が訳文に表れない「訳抜け」がある。どんなにMTの精度が向上しても、まだまだプロの人間翻訳者のレベル、正確でわかりやすい「商品」としての訳文のレベルには及ばないのが現実だ。
そのため、MT出力後の訳文をプロ並みの品質の良いものにする編集的な作業「ポストエディット(PostEdit:PE)」が不可欠である。今後の翻訳業界では機械翻訳+ポストエディットという案件が増え、MTの普及とともにPEの需要が一層増加していくと想定される。
増えてきているPEだが、翻訳者へのアンケートで「PEの仕事を請けたことはあるか?」を聞いたところ、「コンスタントに受注」との人はまだ8%程度。一方、「請けたことがある」のは34%で、2017年の同様の調査よりも増えている。かつての精度のよくないMT訳の印象が強くで、PE=手間がかかる、最初から翻訳したほうがラク、とのイメージが根強く、PEを敬遠する人が多いと言われる。だが、MTが急速に普及する中で翻訳者の意識も変化しつつあり、PEにチャレンジする人材が少しずつ増えてきているようだ。
今後の産業翻訳業界において、PEのできる人材がより一層必要とされることは間違いないだろう。
以下、ポストエディターを積極募集中の翻訳エージェント2社を取材した。どのようなエージェントなのかはもちろんのこと、募集内容も記載されているので、チェックしてほしい。