Vol.29 タイミングが良かった
3兄弟のバイリンガル育児(後編)/通訳者 七條真理子さん

通訳の仕事をしながら、子育てを頑張っている現役世代とは違って、専業主婦の私が通訳の仕事を始めたのは、5年間の夫の米国駐在に同行して帰国後のことだ。小学生の息子たちがバイリンガルになれた4つのタイミング+1、その彼らが自分の子どもをどう育てようとしているのかをお話ししたい。
後編は帰国後から。

第四のタイミング:帰国後

双子は帰国子女クラスへ編入でき、いいリハビリになった。すぐに中学生になったので、語彙力は不足していたが英語は維持できた。耳で覚えたおかげで発音はネイティブ並み。「おかんの発音変でない?」と言われる。ただ文法については「ここはなんでthe じゃなくてaなの」と聞いても「なんとなく」。「仮定法過去完了とは?」「なんじゃそれ」で説明できず、大学生になっても家庭教師のアルバイトはできなかった。
地元の公立小学校に通い始めた三男は、周囲も本人も戸惑いがあった。最初の挨拶を英語でしたそうで、今でも友人にいじられる。本人の性格もあり、アメリカ時代からやっていたサッカーや剣道を通じ、友人も増えた。逆に英語は家庭教師をしばらく頼んだが、続かなかった。それでも中学・高校では他の子より英語が得意で、友人に「発音聞いて鳥肌が立った」と卒業文集に書かれ、こちらが驚いた。
福岡で大規模国際スポーツ大会が開催された時には、3人で語学ボランティアに応募した。通訳として参加した私は学童保育の代わりくらいに思っていたが、サッカーの試合の手伝いをして、それなりに役に立ったようだ。

語学ボランティアをした国際スポーツ大会で

日本では英語ができることが進学や就職に有利なのは間違いない。私立大学は2、3科目だから絶対有利。息子たちは就職でも語学力が活かせる業種をそれぞれ選択した。ただ母からは「言葉の便利屋にはなるな」とアドバイスした。
バイリンガルとは、双方の言語で高いレベルの教育を受けている人を指すなら、彼らはその域には達してはいないかもしれない。だが、ビジネスでは苦労しない英語力を身につけている。今回、息子たちに話を聞いて意外だったのは、英語と日本語の使い分けがそれほど苦ではなかったこと、英語力だけでなく、国際感覚とまでいかなくても、偏見や先入観をもたず多様性を受け入れる心が養えたと言ったことだ。

最大の功労者ワンコ

3人男子の育児はただでさえ大変だ。父親は忙しく出張も多い。欲張ったせいでやることが山のようにあり、母親の私はヒステリックに叱ることが多く、ほめて育てることができなかった。
それでも彼らが道を誤らなかったのは、ワンコのおかげだと思っている。クリスマスに我が家の一員になった彼には(犬までオトコ!)私が絶対的主人で、夫も含め息子たちは自分よりも下位においていたが、それでもみんな大好きだった。癒やされ、自然と笑顔になれる。喧嘩しても仲直りできる(最も夫が私に近づいただけで、間に割って入りウーと威嚇するので、夫婦には少々問題犬だった)。
ワンコは日本へ連れて帰ったが、通訳学校で勉強しながら仕事を始めた私が家を留守にするときも、ワンコのおかげで息子たちは寂しくなかったようだ。ただ私自身が出張の時に事前に用意する夕食はレパートリーが決まっており、カレー・シチュー・ハヤシライス・おでん。「おかんは料理が下手」の評価が定着し、お嫁さんたちは助かっているに違いない。三男は今も豚汁(おでんからのアレンジが定番だった)が嫌いだ。

ハロウィーンで女装!ワンコも参加

バイリンガルの息子が親世代になった

就職してまもなく長男はシンガポール駐在、三男はアメリカ駐在を経験した。
息子たちにはすでに子どもが生まれている(つまり私はばぁば)。海外生活を経験した孫もいるが、幼過ぎたこともあり、長男の上の息子だけが英語力をなんとか保っている。ただシンガポールのシングリッシュと言わないまでも訛りがあるのが本人の悩み(子どもの耳はそのままをとらえる)。
シンガポールから帰国後、土曜日に英語の補習校に通っているが、これには長男の親としての強い意思がある。どんなに本人(孫)が嫌がっても、アメとムチで続けさせている様子に、孫には甘いばぁばは感心する。ほかの孫たちは幼すぎて、すぐに英語を忘れてしまったが、親である息子たちは、それぞれ機会をとらえて英語に触れさせようとしている。
次男は高校のとき1年留学したので基本英語力が高い。コロナで在宅勤務となり、英語を駆使して仕事する父親の姿を間近に見て、「格好いい」と次男の一人息子は英語に興味を示しているようだ。
息子たちは三人三様、それぞれの考えで子育てをしている。共通しているのは、自分の子どもにも同じような(あるいはそれ以上の)海外経験をさせたいと考えていること。それだけ自分たちの海外経験が、その後の人生にとって大切なものだったのだろう。

20年ぶりに元我が家の前で三男夫婦と