
第9回 東京・湯沢デュアルライフその後
だらだらをリセットする場所
やはり家族の団らんはいいものだ。仕事を終えて一緒に食事をし、一緒にテレビを見て一緒に笑う。すると、ついついリビングに長居してしまう。仕事部屋に戻るのが遅くなり、通訳訓練をするはずが、だらけモードに。ついついYouTubeでお気に入り登録した「三又又三チャンネル」を観てしまう。翻訳学校の受講生には「観るなら英語のチャンネルを」と言ってるくせに。結局深夜になり、小腹がすいてスナックをあさりにキッチンへ降りる。めぼしいものがないので、ガサガサしているうちに起こしてしまったベックと調達へ向かう――
翻訳の仕事だけならこれでも差し支えないのかもしれないが、僕には通訳者としてデビューするという使命がある。こんなことでは、いつになるか分からない。この連載もいつまで経っても完結しない(というか、訓練の状況をお伝えするという本題にもまだ入れていない)。そんな時に、だらだらをリセットする方法がある。第二の拠点、越後湯沢へ向かうことだ。
新潟にリゾートマンションを購入して7年近くになる。途中までは、気を散らすものを排除した、仕事に集中して取り組める空間という使い方がメインだった。だが、本当に追い詰められた時は食事の用意やベックの世話をしてくれる人がいる自宅でやるしかないことに気づいた。
今はむしろ、気分を入れ替え、姿勢をリセットする場所になっている。ここへ来るとテレビも三又チャンネルも一切観ないし、余計なニュースやSNSにも触れない(通信無制限プランにしていないというのもポイント)。スナックもジュースも、欲しいとも思わなくなる(袋を開けようものなら飛び掛かってくる監視役の存在もある)。心身とも健全になれた気がして、柄になく筋トレなんかも始めちゃったりする。

ベックに寝場所をとられがち。
英語力自己ベストを更新中
通訳訓練として、語彙力をアウトプットとインプットに分けて音声ベースで鍛えている。単語レベルにとどまらず句単位、文単位で反射できるまでたたき込む。覚えるのはすべて自分で拾ってきたもの。仕事を中心に読み聞きした中で「これは使える」、「これは知らなかった」というものを集め続けている。
せいぜい文単位なので、通訳訓練としては準備段階を脱していないのかもしれないが、語彙力増強は翻訳にも役立っている。翻訳学校の講師としての準備や研究もあり、英語力は間違いなく自己ベストを更新中。のほほんと翻訳だけを続けていたなら、「英語力は翻訳者になる前のが高かったなあ」などと言っていたかもしれない。
翻訳をする上でも、辞書を効率的に引くことよりも語彙力を高めることの方がずっと大事だと思っている。「辞書は気軽に引けないぐらいがいい」というほどに。少数派なのかもしれないが、この訓練を続けていて考えは確信に変わった。ある語をしっかり覚える。いつか、それに出くわす。それを繰り返すうちに(何度も遭遇するように読書・聞き取り量も増やす)、辞書だけでは見えてこない、その語の本質が見えてくる(演繹から帰納のアプローチ)。それをつかむことで、文脈に合わせて自在に訳出できるようになる。進化を続ける機械翻訳に質でもスピードでも対抗するには、これしかないと考えている。
最近の滞在期間は2週間ほど。ここ数年は通訳ガイドなどの外仕事があったため1週間が限度だったが、今はすべて在宅のためストイックな日々を長く送れるようになった。そして帰宅してからの禁欲姿勢の持続期間、つまり再び三又チャンネルを見始めるようになるまでの期間は……せいぜい2週間かな。そしてまた、というプロセスの繰り返し。体重も増減している気がする。