
Vol.27 アルゼンチンでの
バイリンガル子育てプラス2言語(後編)
/スペイン語通訳者 相川知子さん
ブエノスアイレス市立第一学校の中高部は5年制で、英語は週8時限ありました、さらに中学3年生から第二外国語として、フランス語が週4時限ありました。フランス語はスペイン語と同じヨーロッパ語族で似ているからか、子どもたちにとっては比較的簡単に覚えられる言語だったようです。
一方で、英語は難しいと感じているようだったので、生きた英語学習のため、アルゼンチンに留学に来たアメリカ人でESL資格を持っている学生に家庭教師を依頼したこともあります。ただ、子どもに教えることができる先生にはなかなか巡り合えず、また留学生はすぐ帰国してしまうこともあり、長くは続きませんでした。また、アルゼンチン人の英語の先生にも巡り合えませんでした。
結局は「英語のテスト勉強はママに教えてもらうほうがよくわかる」と言われ、私が英語を教えることになりました。もちろん私との会話は日本語が基本なのですが、日本語に英語を混ぜて教えていました。ただしこの過程では、スペイン語は日本語には混ぜないように気をつけていました。もちろん、何というのかわからない場合はスペイン語で聞いてくるので、「日本語はこうよ」と語彙を教えることはありました。
母とはスペイン語禁止
日本語で英語を教える
子どもたちと私の間では、日本人には日本語で対応するというルールも作っていました。私は日本人留学生にスペイン語を教える際、その学生とのやり取りはスペイン語で徹していましたが、我が家に学生を呼んだときは、子どもたちとは日本語で対応してもらうことにしていました。また、日本からのお客様とも日本語でご挨拶する機会をできるだけ設けました。こうして何とか小さい日本語の世界を保つことができました。
娘たちを日本に連れて行ったのは、私の父が他界したときと、広島で研修の際、次女がまだ小学生だったので同行させたとき、この2回だけです。ただその際、特に日本語の問題はありませんでした。
もちろん、娘たちそれぞれの性格によって、日本語の習得の度合いに違いは表れているとは思います。やはり長女のほうが全体的な日本語の語彙も表現力もあり、わからない言葉があると私に細かく聞いてきます。一方の次女は、長女からスペイン語で説明を受けることもあるので、何となくわかっている、という部分も多いようです。しかし次女は世話好きな明るい性格ということもあり、地下鉄などで日本人観光客が迷っているのを見つけると日本語で助けてあげることもしばしばで、もちろんほかの外国人には英語で同じことをしています。